映画「ハッピーバースデイ~みんなみんな生まれてきてくれてありがとう~」を観る [映画(は行)]
田端チュプキさんで鑑賞した映画です。

映画のあらすじはチュプキさんのホームページより。
山口県萩市の団地で、母(メイ)と、母の再婚によって兄となった海と、
三人で暮らす フィリピン人ハーフの高校二年生の阿武マリ。
マリには、育ての親として一時、一緒に暮らしていた二木宏太郎という若い父親がいた。
二木は事件をおこしたことで、マリと一緒に生活できない環境にいた。

映画のあらすじはチュプキさんのホームページより。
山口県萩市の団地で、母(メイ)と、母の再婚によって兄となった海と、
三人で暮らす フィリピン人ハーフの高校二年生の阿武マリ。
マリには、育ての親として一時、一緒に暮らしていた二木宏太郎という若い父親がいた。
二木は事件をおこしたことで、マリと一緒に生活できない環境にいた。
愛情表現がおたがいにうまくいかない母と娘、メイとマリ。
マリは学校でも友人たちとうまくいかず、マリを心配しすぎる兄の存在もうとましく、
育ての父が経営するゲストハウスに身をよせるようになる。
マリの誕生日にゲストハウスに集う、萩の仲間たち。
マリは、自分の気持ちを確かめるように、新たな一歩をふみだす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
血のつながらない家族の物語。
と、映画紹介の所に書いてあって、どういうことなのかと思ったら、
高校生のマリ、と血のつながるフィリピン人の母メイは自分の子供に無関心、
(書類の保護者欄に署名してほしいと頼むメイにもちゃんと応えられない)
一方、血のつながらない義理の兄の海、と、以前育ての父として一緒に暮らしていたが
ある事件をきっかけに離れ離れに暮らすようになった宏太郎の2人。
この2人とマリを中心に映画は描かれています。
海がメイのことを心配し過ぎて逆にメイが煙たがるのに対し、
宏太郎と周囲の人たちとの関係にメイが心を開いていく、かと思ったら、
そう簡単にもいかないもので、血のつながりがあれば法的にも優位に立てるのに
血のつながりがないという理由で理不尽な思いをすることもあるのだなと思いました。
アル中で暴力沙汰を起こしたことがきっかけでメイ(マリの母)と別れ、
(そもそもメイと結婚した理由もメイが好きというより、マリが心配だったから)
マリとも引き離された宏太郎にも過去の事件のことが原因で辛い目に遭う訳ですが、
今作を描くにあたってどうしようもないダメ母として設定されていたメイ、
何かの仕事で働いているものの家に帰ってきても呑んだくれて子供の世話はせず、
(でも、マリがそんな母でも見捨てることがない姿にジワリました)
そんなメイ(という存在の設定)が何だか不憫に思えてしまいした。
とはいえ、そのメイの存在がないと今作は描くことができないわけですが。(^-^;
登場する人物、誰もが共感できる部分とそうでない部分が混在していて、
誰か一人に偏って共感するようなことはなかったのも面白い映画ですが、
血のつながりがなくても国籍が違っていても家族のようになれるのか、
正解はないのだと思いますが、そういうこともアリ、なのでしょうし、
世の中に無駄な命はないのだろう、と感じました。
(映画紹介記事)https://www.asahi.com/articles/ASQ9676J7Q95TZNB00H.html
今作は山口県萩市の萩ツインシネマが製作し、全編萩市ロケ、
山口県は未踏の地(唯一行ったことのない都道府県です)、スクリーンに映る海、
ゲストハウスや懐かしい雰囲気の映画館、訪れたいなあと映画を観ながら思いました。
私自身は、血のつながった親と兄、とさほどの大波もないまま現在に至りますが、
世の中には色々な環境の人がいて、血のつながりがないけれど家族として過ごす、
そういうこともあるのだな、と思いながら、高齢の母(婆1号)、兄と家族で
いられることに感謝しつつ、彼らと大事に過ごしていきたいなと思った、
「ハッピーバースディ~みんなみんな生まれてきてくれてありがとう~」でありました。
マリは学校でも友人たちとうまくいかず、マリを心配しすぎる兄の存在もうとましく、
育ての父が経営するゲストハウスに身をよせるようになる。
マリの誕生日にゲストハウスに集う、萩の仲間たち。
マリは、自分の気持ちを確かめるように、新たな一歩をふみだす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
血のつながらない家族の物語。
と、映画紹介の所に書いてあって、どういうことなのかと思ったら、
高校生のマリ、と血のつながるフィリピン人の母メイは自分の子供に無関心、
(書類の保護者欄に署名してほしいと頼むメイにもちゃんと応えられない)
一方、血のつながらない義理の兄の海、と、以前育ての父として一緒に暮らしていたが
ある事件をきっかけに離れ離れに暮らすようになった宏太郎の2人。
この2人とマリを中心に映画は描かれています。
海がメイのことを心配し過ぎて逆にメイが煙たがるのに対し、
宏太郎と周囲の人たちとの関係にメイが心を開いていく、かと思ったら、
そう簡単にもいかないもので、血のつながりがあれば法的にも優位に立てるのに
血のつながりがないという理由で理不尽な思いをすることもあるのだなと思いました。
アル中で暴力沙汰を起こしたことがきっかけでメイ(マリの母)と別れ、
(そもそもメイと結婚した理由もメイが好きというより、マリが心配だったから)
マリとも引き離された宏太郎にも過去の事件のことが原因で辛い目に遭う訳ですが、
今作を描くにあたってどうしようもないダメ母として設定されていたメイ、
何かの仕事で働いているものの家に帰ってきても呑んだくれて子供の世話はせず、
(でも、マリがそんな母でも見捨てることがない姿にジワリました)
そんなメイ(という存在の設定)が何だか不憫に思えてしまいした。
とはいえ、そのメイの存在がないと今作は描くことができないわけですが。(^-^;
登場する人物、誰もが共感できる部分とそうでない部分が混在していて、
誰か一人に偏って共感するようなことはなかったのも面白い映画ですが、
血のつながりがなくても国籍が違っていても家族のようになれるのか、
正解はないのだと思いますが、そういうこともアリ、なのでしょうし、
世の中に無駄な命はないのだろう、と感じました。
(映画紹介記事)https://www.asahi.com/articles/ASQ9676J7Q95TZNB00H.html
今作は山口県萩市の萩ツインシネマが製作し、全編萩市ロケ、
山口県は未踏の地(唯一行ったことのない都道府県です)、スクリーンに映る海、
ゲストハウスや懐かしい雰囲気の映画館、訪れたいなあと映画を観ながら思いました。
私自身は、血のつながった親と兄、とさほどの大波もないまま現在に至りますが、
世の中には色々な環境の人がいて、血のつながりがないけれど家族として過ごす、
そういうこともあるのだな、と思いながら、高齢の母(婆1号)、兄と家族で
いられることに感謝しつつ、彼らと大事に過ごしていきたいなと思った、
「ハッピーバースディ~みんなみんな生まれてきてくれてありがとう~」でありました。
Amazon Prime「ホイットニー・ヒューストン スポットライトの光と闇」を観る [映画(は行)]
Amazon Primeで見つけたドキュメンタリー作品です。
ホイットニー・ヒューストンのことはもうそっとしておいた方がいいと思いながら
Amazon Primeのお勧めに出てきたので迷ったものの鑑賞しました。

あらすじはAmazonさんより。
2012年に突然この世を去った伝説の歌姫ホイットニー・ヒューストンと、
その3年後に奇しくも母と同じ形で不慮の死を遂げた一人娘のボビー・クリスティーナ。
強い絆で結ばれた母娘だったが、2人は次第に薬物やアルコールに依存していく。
ホイットニーの輝ける人生はなぜ転落したのか?
ホイットニー・ヒューストンのことはもうそっとしておいた方がいいと思いながら
Amazon Primeのお勧めに出てきたので迷ったものの鑑賞しました。

あらすじはAmazonさんより。
2012年に突然この世を去った伝説の歌姫ホイットニー・ヒューストンと、
その3年後に奇しくも母と同じ形で不慮の死を遂げた一人娘のボビー・クリスティーナ。
強い絆で結ばれた母娘だったが、2人は次第に薬物やアルコールに依存していく。
ホイットニーの輝ける人生はなぜ転落したのか?
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邦題ではミスリードするのでは、という内容でした。
原題は”Whitney Houston & Bobbi Kristina: Didn't We Almost Have It Al”。
ホイットニーと娘のボビー・クリスティーナ2人について描いた作品です。
私がこれまでに見た2作品、

「ホイットニーヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」
どこの目線から見るかでずいぶん変わるんだなあと思ったのが今作で、
ホイットニーと娘ボビー・クリスティーナ2人を映し出しているというか、
後半、ホイットニーが亡くなってからはクリスティーナの不審な死について
推測ベースながら真相に近づこうとしているように見えました。
今回は、平成初めに聴いていたアーティストの、
この2人(懐)がホイットニーの友人として登場していて
同じ時代に歌っていたから仲がよかったんだ、と今更ながら知ったのですが、
2人が元夫のボビー・ブラウンについては悪い人ではないと話していたのが
少々意外でした。
どちらかというとホイットニーが不審死したことに対する疑念、
そしてボビー・クリスティーナも母と同じような形で亡くなったことに対して、
ボビー・クリスティーナと結婚したニックが2人の死の原因だという推論に至る、
そこを描きたいがためのドキュメンタリーなのかと思いました。
彼女たちが亡くなったことに対して無念の方々が気持ちのもっていきどころを
求めて作ったような、実際会ったことがない有名人たちのことについて
本当のところは私にわかるわけもないですし、作り手側のバイアスのかかり方、
そんなものも作用して、ホイットニーと娘が亡くなってもなおこうやって
様々な映像作品がつくられるのだなあというのが正直な感想でした。
若い頃から薬物に手を染めていたホイットニー、と同じように薬物中毒に
なっていったボビー・クリスティーナ、ある意味、有名人であってもなくても
薬物に対する影響を警鐘する意味合いも持たせたかったのかもしれませんが、
(日本でも昔「薬やめますか、人間やめますか」みたいな広告ありましたよね)
インタビューで登場するホイットニーの義理の妹を見ていると、ホイットニーの
薬物中毒を加速させた一人にも見えて、でも止めてあげられなかったと泣く姿、
亡くなった人は何も反論できないし、という気持で観てしまいました。
薬物問題はアメリカが抱える大きな社会問題であるということを描きたかったのかな、
とも思ったのですが、この手の作品を何度も観てもホイットニーが亡くなったこと、
娘も20代前半で早逝した事実は変わらず(でもボビー・ブラウンは生きている)
今後はこの手の映像は観ず、純粋にホイットニーの音楽だけ楽しもうかな、
そんな気持ちになった「ホイットニー・ヒューストン スポットライトの光と闇」、
でありました。
同じ時代に歌っていたから仲がよかったんだ、と今更ながら知ったのですが、
2人が元夫のボビー・ブラウンについては悪い人ではないと話していたのが
少々意外でした。
どちらかというとホイットニーが不審死したことに対する疑念、
そしてボビー・クリスティーナも母と同じような形で亡くなったことに対して、
ボビー・クリスティーナと結婚したニックが2人の死の原因だという推論に至る、
そこを描きたいがためのドキュメンタリーなのかと思いました。
彼女たちが亡くなったことに対して無念の方々が気持ちのもっていきどころを
求めて作ったような、実際会ったことがない有名人たちのことについて
本当のところは私にわかるわけもないですし、作り手側のバイアスのかかり方、
そんなものも作用して、ホイットニーと娘が亡くなってもなおこうやって
様々な映像作品がつくられるのだなあというのが正直な感想でした。
若い頃から薬物に手を染めていたホイットニー、と同じように薬物中毒に
なっていったボビー・クリスティーナ、ある意味、有名人であってもなくても
薬物に対する影響を警鐘する意味合いも持たせたかったのかもしれませんが、
(日本でも昔「薬やめますか、人間やめますか」みたいな広告ありましたよね)
インタビューで登場するホイットニーの義理の妹を見ていると、ホイットニーの
薬物中毒を加速させた一人にも見えて、でも止めてあげられなかったと泣く姿、
亡くなった人は何も反論できないし、という気持で観てしまいました。
薬物問題はアメリカが抱える大きな社会問題であるということを描きたかったのかな、
とも思ったのですが、この手の作品を何度も観てもホイットニーが亡くなったこと、
娘も20代前半で早逝した事実は変わらず(でもボビー・ブラウンは生きている)
今後はこの手の映像は観ず、純粋にホイットニーの音楽だけ楽しもうかな、
そんな気持ちになった「ホイットニー・ヒューストン スポットライトの光と闇」、
でありました。
映画「ひみつのなっちゃん。」を観る [映画(は行)]
ドラァグクイーンの話、興味を持って映画館に観に行きました。

あらすじはYahoo!映画さんより
ある夏の日、元ドラァグクイーンのなっちゃんが急死する。
翌日、なっちゃんが営んでいた店に集まったバージン(滝藤賢一)、モリリン、ズブ子の
ドラァグクイーン3人は、なっちゃんが自身のセクシャリティーを家族に秘密にしていた
ことを知る。秘密が遺族に知られないよう彼女の家へ片付けに向かうものの、
なっちゃんの母・恵子(松原智恵子)と鉢合わせてしまう。
彼らは何とかその場を切り抜けるも、恵子から故郷の岐阜県郡上市に来て葬儀に
参列するよう頼まれる。

あらすじはYahoo!映画さんより
ある夏の日、元ドラァグクイーンのなっちゃんが急死する。
翌日、なっちゃんが営んでいた店に集まったバージン(滝藤賢一)、モリリン、ズブ子の
ドラァグクイーン3人は、なっちゃんが自身のセクシャリティーを家族に秘密にしていた
ことを知る。秘密が遺族に知られないよう彼女の家へ片付けに向かうものの、
なっちゃんの母・恵子(松原智恵子)と鉢合わせてしまう。
彼らは何とかその場を切り抜けるも、恵子から故郷の岐阜県郡上市に来て葬儀に
参列するよう頼まれる。
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松原智恵子さんが可愛くて全部もっていった感じ。(^-^)
ドラァグクイーンものといえば、
いずれも3人のドラァグクイーンによるロードムービー、今作も3人ですが、
珍道中するには3人というのが座りがいいのかな、と今作でも思いました。
事前にあらすじを読まずに鑑賞していたので、「なっちゃん」=主役の滝藤賢一さん、
と思っていたら全然違っていて(笑)、それはそれで軌道修正したので良いのですが
滝藤さん演じるバージンがドラァグクイーン姿で踊る場面が冒頭のみ、
後半で、ズブ子とモリリンがドラァグクイーン姿で踊るものの、バージンは参加せず、
ちょっと物足りないというか、こういう演出なんだなあ、とあっさりとした展開が
残念でした。
上場企業で働いている(経理)バージンの職場での雰囲気、同僚たちがバージンが
ゲイであること(服装も女性ぽい)を受け容れて和気あいあいとしている様子、
時代なのだろうな、と観ていてほほえましい場面も盛り込まれていましたが、
地方(今回は郡上八幡)に行くと同性愛者に対して冷たい、、かと思ったら、
温かく受け容れてもらっていて拍子抜けした後ほっとしました。
過去に観たドラァグクイーンものの映画と比べるとおとなしいというか、
もうちょっとドラァグクイーンとして生きる人生の喜怒哀楽みたいなものを
もっと描いてくれたらよかったかなあと思ったのですが、3人の中でも
綺麗というよりかわいい(面白い)系のドラァグクイーンのズブ子を演じた
前野朋哉さん、色々な実在のドラァグクイーンを混ぜたような感じで
とびぬけた演技が清々しかったのですが、
昨年の今ごろはまっていた日テレのドラマに出演していたときは、
映っている時間の恐らく半分くらいが殺された後の死体で、
そのイメージ(どこか暗い感じ)が強かったので、
今回のズブ子を見て、俳優さんの振れ幅の広さ、演技力の凄さを
実感しました。前野さん、凄い。
3人のドラァグクイーンがなっちゃんのお葬式に参列するために
郡上八幡に行く、それまで知らなかったなっちゃんの一面を知りながら
珍道中の末にたどり着き、そこで知る事実。
母は強し、子供のことはなんでも知っているんだなあ、と
うつぼ母(婆1号)のことを思い浮かべながら、改めて母に感謝しないと、
という気持で観終わった(そういう意味で松原さんが最後に総取り的な)
「ひみつのなっちゃん。」でありました。
映っている時間の恐らく半分くらいが殺された後の死体で、
そのイメージ(どこか暗い感じ)が強かったので、
今回のズブ子を見て、俳優さんの振れ幅の広さ、演技力の凄さを
実感しました。前野さん、凄い。
3人のドラァグクイーンがなっちゃんのお葬式に参列するために
郡上八幡に行く、それまで知らなかったなっちゃんの一面を知りながら
珍道中の末にたどり着き、そこで知る事実。
母は強し、子供のことはなんでも知っているんだなあ、と
うつぼ母(婆1号)のことを思い浮かべながら、改めて母に感謝しないと、
という気持で観終わった(そういう意味で松原さんが最後に総取り的な)
「ひみつのなっちゃん。」でありました。
映画「ひかり探して」を観る [映画(は行)]
昨年末、何か映画を観ようと都内の映画館の上映作品を探していたら
不定期で大塚のシネマハウス大塚でも映画上映されていることを知って
久しぶりに大塚駅で下車して観た韓国映画です。

あらすじはYahoo!映画さんより。
ある離島で、セジン(ノ・ジョンウィ)という少女が遺書を残し、絶壁から身を投げる。
休職から復帰した刑事ヒョンス(キム・ヘス)は、少女の失踪を自殺として事務処理する
ように命じられて離島を訪れる。
セジンは、死んだ父が関係した事件の重要参考人として村で保護観察を受けており、
彼女の保護を担当した元刑事や最後に彼女を目撃したろうあの女性らから話を聞くうち、
ヒョンスは彼女の孤独と苦悩に胸を痛める。
そして自身と彼女の人生が似通っていると感じ、徐々に感情移入していく。
不定期で大塚のシネマハウス大塚でも映画上映されていることを知って
久しぶりに大塚駅で下車して観た韓国映画です。

あらすじはYahoo!映画さんより。
ある離島で、セジン(ノ・ジョンウィ)という少女が遺書を残し、絶壁から身を投げる。
休職から復帰した刑事ヒョンス(キム・ヘス)は、少女の失踪を自殺として事務処理する
ように命じられて離島を訪れる。
セジンは、死んだ父が関係した事件の重要参考人として村で保護観察を受けており、
彼女の保護を担当した元刑事や最後に彼女を目撃したろうあの女性らから話を聞くうち、
ヒョンスは彼女の孤独と苦悩に胸を痛める。
そして自身と彼女の人生が似通っていると感じ、徐々に感情移入していく。
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人生を再生する話でした。
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- 出版社/メーカー: バップ
- 発売日: 2020/07/22
- メディア: DVD
クレジットされていたので観に行ったのですが、冒頭にちょっと違和感のある場面が
あって、イ・ジョンウン、やっぱり重要な役割なのだろうと思いながら観ていて
思っていた通りの展開でホッとしました。
原題は「私が死んだ日」なので人生をやり直す話としては原題の方がミスリードが
ないような気がしたのですが、人生をやり直すために光を探していく、という意味でも
まあありなのかな、と思いました。(邦題をつい原題と比べてしまう性格です)
離婚調停中(ダンナが浮気)、自動車事故を起こして休職中だった刑事ヒョンス、
亡くなった父親が犯した罪の重要参考人として小さな島に匿われていたセジンが
失踪し断崖から飛び降りたとみられる件について復職の条件として事務処理を
指示される、自殺と断定すればよいだけの簡単な事務処理のために島に渡ったヒョンス、
島に渡ってから島の人々にセジンについて聞き込みしていく中で、
消えたセジンと自分(ヒョンス)が似たような境遇にあると思えて、
セジンの失踪の謎を解こうと入り込んでいく様子が印象的でした。
(それが原因で職場で更に孤立していく姿が切なかった)
ヒョンス自身も男社会(女性の上司も男性優位組織でうまくやっていこうとして
ヒョンスに優しい姿勢を見せているものの味方になってくれることはない)で
事故を起こして休職し、プライベートではダンナが計画的に浮気し離婚を切り出し
調停が長引き孤独の中、自分の信念をつらぬこうとする、
セジンも大好きな父が亡くなり、服役中の兄(妹のことより遺産で頭がいっぱい)、
仲良かったはずの継母は失踪、誰にも頼ることができない孤独の中で島で過ごす、
その2人をつないでいたのがイ・ジョンウン演じる聾唖の女性でした。
島民の1人(港近くのお店で働く女性)がちょっと若めだけれどイ・ジョンウンに
似ていて、あれこの人?いや、リヤカー引いてる人がイ・ジョンウン?どっち?
序盤30分くらい判別つきづらくて迷いながら観ていたのですが、
どちらが重要な役柄に見えるか、で聾唖の女性に集中するとにしました。(^-^;
監督・脚本(パク・チワン)が女性で、主に登場する人たちも女性が多い作品で、
ヒョンス、セジン、聾唖の女性、環境も年齢も異なる3人が、傷ついたの同士で
どこか共感してつながっているのを自然に綺麗に描いていました。
真実について知ったヒョンス、ふっきれたような表情に見えましたが、
それから何年か経った後のセジンとの再会、明るい未来が2人に訪れるのではないか、
そう思わせるような終わり方でホッとしたのですが、つまづいてしまっても、
人生をやり直すことができると信じた2人の姿を(フィクションですが)見せて
もらった気分になれた「ひかり探して」でありました。
映画「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」を観る [映画(は行)]
以前、ホイットニーのドキュメンタリーを見て切ない気持ちになったので
(亡くなったホイットニーが酷く言われていたのが悲しかった)
今作も観ようかどうしようか迷いながら映画館に行って鑑賞した作品です。

あらすじはYahoo!映画さんより。
ホイットニー・エリザベス・ヒューストン(ナオミ・アッキー)は歌手になることを夢見て、
シンガーの母シシー(タマラ・チュニー)の厳しい指導を受けていた。
やがて母親のステージのオープニングアクトで歌声を披露したことをきっかけに、
ホイットニーはスターへの道を歩み始め、歌いたい曲を自分らしく歌うことに
こだわっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは観てよかったです。
(亡くなったホイットニーが酷く言われていたのが悲しかった)
今作も観ようかどうしようか迷いながら映画館に行って鑑賞した作品です。

あらすじはYahoo!映画さんより。
ホイットニー・エリザベス・ヒューストン(ナオミ・アッキー)は歌手になることを夢見て、
シンガーの母シシー(タマラ・チュニー)の厳しい指導を受けていた。
やがて母親のステージのオープニングアクトで歌声を披露したことをきっかけに、
ホイットニーはスターへの道を歩み始め、歌いたい曲を自分らしく歌うことに
こだわっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは観てよかったです。
このドキュメンタリーの時は観なければよかったかも、と思ってしまいましたが、
ホイットニーのお金に群がる身内や恋人、夫ボビーなどのインタビューの内容が、
亡くなって何も言えないホイットニーが気の毒にしかみえないような感じで、
嫌な思いをしかなかったものの、そのお陰というと変な言い方になるのですが、
ある程度の知識(ドラッグ、同性愛、汚い身内)をもって今回観られました。
今作は製作にクレジットされているクライヴ・デイビスの目線が強い印象で、
ホイットニーを見出してメジャーデビューに導いたプロデューサー(現在90代)、
映画の中では大好きなスタンリー・トゥッチが演じていましたが、
彼に対してホイットニーが素直に正直に自分の気持ちを伝えられる唯一の存在に
見えただけではなく、クライブ自身もホイットニーに何があっても見捨てずに
支え続けていた一面を知ることができたのはどこか救われた気持ちでした。
同性愛の恋人ロビン、と、夫ボビー、2人の醜い諍い、どちらの側も言い分があるとは
いえ、間に挟まって一番つらいホイットニーの気持ちになって考えてあげられない様子、
自分が育てたからという理由だけでホイットニーの得たお金は自分のものだ、
儲けるためにホイットニーの体調も考えず過酷なツアースケジュールを組んで
嫌がるホイットニーにツアーを強行させる、彼女を単なる金の生る木にしか見ていない
父親の存在は本当にひどくて(金の亡者)、観ていて嫌悪感ばかりでしたが、
(ホイットニーのマネジメント会社の社員に会社のクレジットカードを渡して
使わせていたことや、父自身も会社のお金を使い放題だったことは本当に酷い)
ステージママとはいえホイットニーの歌への情熱を理解し支えた母、と、
プロデューサーのクライヴの存在を知ることができてホッとしました。
と、ドキュメンタリーほど嫌な気分にならないで済んだのは、
クライヴのような存在のお陰もありますが、なにより素晴らしかったのは、
ホイットニーを演じたナオミ・アッキーの素晴らしい演技、
顔は全然似ていないのですが、
この脚本家と、ムーヴィングコーチによる歌い方や姿勢、しぐさなどを徹底的に
再現したことによって、音源はホイットニー本人ですが(⇐というかそうすべきですね)
有名なスーパーボウルでの国歌斉唱も含めて、ホイットニーが乗り移ったかと思うほど
ドキュメンタリー映画のような、そこにホイットニーがいるのではと錯覚しそうに
なるほど素晴らしい演技でした。
ホイットニーのお金に群がる身内や恋人、夫ボビーなどのインタビューの内容が、
亡くなって何も言えないホイットニーが気の毒にしかみえないような感じで、
嫌な思いをしかなかったものの、そのお陰というと変な言い方になるのですが、
ある程度の知識(ドラッグ、同性愛、汚い身内)をもって今回観られました。
今作は製作にクレジットされているクライヴ・デイビスの目線が強い印象で、
ホイットニーを見出してメジャーデビューに導いたプロデューサー(現在90代)、
映画の中では大好きなスタンリー・トゥッチが演じていましたが、
彼に対してホイットニーが素直に正直に自分の気持ちを伝えられる唯一の存在に
見えただけではなく、クライブ自身もホイットニーに何があっても見捨てずに
支え続けていた一面を知ることができたのはどこか救われた気持ちでした。
この映画に関するエピソードの場面も(クライヴに渡された脚本を捨てたのに
相手役の名前(ケビン・コスナー)を聞いた途端、脚本を拾いなおすホイットニー)、
クスっとしてまたこの映画が観たくなりました。
相手役の名前(ケビン・コスナー)を聞いた途端、脚本を拾いなおすホイットニー)、
クスっとしてまたこの映画が観たくなりました。
同性愛の恋人ロビン、と、夫ボビー、2人の醜い諍い、どちらの側も言い分があるとは
いえ、間に挟まって一番つらいホイットニーの気持ちになって考えてあげられない様子、
自分が育てたからという理由だけでホイットニーの得たお金は自分のものだ、
儲けるためにホイットニーの体調も考えず過酷なツアースケジュールを組んで
嫌がるホイットニーにツアーを強行させる、彼女を単なる金の生る木にしか見ていない
父親の存在は本当にひどくて(金の亡者)、観ていて嫌悪感ばかりでしたが、
(ホイットニーのマネジメント会社の社員に会社のクレジットカードを渡して
使わせていたことや、父自身も会社のお金を使い放題だったことは本当に酷い)
ステージママとはいえホイットニーの歌への情熱を理解し支えた母、と、
プロデューサーのクライヴの存在を知ることができてホッとしました。
と、ドキュメンタリーほど嫌な気分にならないで済んだのは、
クライヴのような存在のお陰もありますが、なにより素晴らしかったのは、
ホイットニーを演じたナオミ・アッキーの素晴らしい演技、
顔は全然似ていないのですが、
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- 発売日: 2019/04/17
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再現したことによって、音源はホイットニー本人ですが(⇐というかそうすべきですね)
有名なスーパーボウルでの国歌斉唱も含めて、ホイットニーが乗り移ったかと思うほど
ドキュメンタリー映画のような、そこにホイットニーがいるのではと錯覚しそうに
なるほど素晴らしい演技でした。
このLP(笑)を大学生の頃に買ってその歌声に惹かれて、
復帰作まで作品を追いかけた(大ファンというほどでもない割に)私、
デビュー作から最後の悲しい結末まで、、クライヴと共に歩んで作り出した作品、
ということを知って更にホイットニーの歌が唯一のものであると今回思いました。
両親が喧嘩ばかりしている貧しい家庭で育ち、自分は幸せな家庭を築きたかったのに
それが叶わず(娘のクリスティーナ・ボビーも早逝してしまいましたし)
稼がなければいけないプレッシャーと薬に頼ってしまうほどの精神不安定、
教会で歌っていたころからデビューして賞を総なめしている頃の輝いている姿から
どうしてそうなっていったのか、今でも思ってしまうのですが、
ホイットニーを見る目がファンから中ファンくらいになったというか、
ホイットニー自身のことを以前よりは理解できたような気持ちになれた、
「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DACNE WITH SOMEBODY」でありました。
デビュー作から最後の悲しい結末まで、、クライヴと共に歩んで作り出した作品、
ということを知って更にホイットニーの歌が唯一のものであると今回思いました。
両親が喧嘩ばかりしている貧しい家庭で育ち、自分は幸せな家庭を築きたかったのに
それが叶わず(娘のクリスティーナ・ボビーも早逝してしまいましたし)
稼がなければいけないプレッシャーと薬に頼ってしまうほどの精神不安定、
教会で歌っていたころからデビューして賞を総なめしている頃の輝いている姿から
どうしてそうなっていったのか、今でも思ってしまうのですが、
ホイットニーを見る目がファンから中ファンくらいになったというか、
ホイットニー自身のことを以前よりは理解できたような気持ちになれた、
「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DACNE WITH SOMEBODY」でありました。
映画「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」を観る [映画(は行)]
久しぶりに新宿武蔵野館に行ってみた映画です。

内容はYahoo!映画さんより。
兄のバリーと双子の弟ロビン、モーリスのギブ3兄弟を中心に結成され、
長きにわたって活動してきた「ビー・ジーズ」。
時代が移り変わっても、「恋のナイト・フィーヴァー」「愛はきらめきの中に」
など数々の名曲を世に届け続けてきた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「兄弟の歌声は誰も買えない楽器」というノエル・ギャラガーの言葉と、
「成功はいらないから弟たちに戻ってきてほしい」というバリー・ギブの言葉が
特に心に残った映画でした。
ビー・ジーズといえば、最初に聞いたのは、

内容はYahoo!映画さんより。
兄のバリーと双子の弟ロビン、モーリスのギブ3兄弟を中心に結成され、
長きにわたって活動してきた「ビー・ジーズ」。
時代が移り変わっても、「恋のナイト・フィーヴァー」「愛はきらめきの中に」
など数々の名曲を世に届け続けてきた。
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「兄弟の歌声は誰も買えない楽器」というノエル・ギャラガーの言葉と、
「成功はいらないから弟たちに戻ってきてほしい」というバリー・ギブの言葉が
特に心に残った映画でした。
ビー・ジーズといえば、最初に聞いたのは、
メロディ・フェアと若葉のころ、ハーモニーが素敵なグループだと思ったのですが、

Saturday Night Fever: 40th Anniversary (2CD Deluxe Edition)
- アーティスト: サタデー ナイト フィーバー
- 出版社/メーカー: Universal
- 発売日: 2017/11/17
- メディア: CD
その後のサタデーナイトフィーバーでビー・ジーズの音楽が刷り込まれました。
その後は、バーブラ・ストライサンドやダイアナ・ロスなどのプロデュース、
音楽活動をサポートしてビー・ジーズに迎えた末弟アンディの若い死、
その後、双子の兄弟モーリスとロビンが病気で亡くなったことは知っていながら、
特に彼らの半生について実は良く知らなくて今回のドキュメンタリーで知ることが多く、
その半生が時の流れに大きく左右されてしまう大変なものであったことに驚きました。
マン島からイギリスに引っ越し、そこからオーストラリアに移住したGibb家、
バンドマンだった父のサポートで若いころから音楽活動を始めてデビュー、
ブライアン・エプスタインが彼らに注目して、経営するマネジメント会社から
ロバート・スティッグウッドを送り込んでワールドデビューに導く。
見ていると、このロバート・スティッグウッドのマネジメントによる成功、
とも見えたのですが(当然ビー・ジーズのメンバーの才能あってのことですが)
ヒットしてリードボーカルをバリ―とロビンが競い合い、ロビンがソロとして独立、
この場面で、ノエル・ギャラガーの「兄弟の歌声は誰も買えない楽器」という言葉と
兄弟だからこそのデメリットも語られ、彼自身が弟リアムとOasisを結成して成功するも
その後兄弟の確執で別々の道を歩んでいったことからも兄弟ならではのメリットと
デメリット(ニック・ジョナスも作中でコメント)を改めて感じました。
その後、ロビンがビー・ジーズに戻って、
1970年代、メロディ・フェアからサタデーナイト・フィーバーまで、
私が知った頃の大ヒット連発のビー・ジーズが投影されたのですが、
この頃、バリーがファルセット唱法を使うことによって音楽の幅を広げたこと、
それまで黒人とゲイが集まるディスコが彼らの音楽と映画(トラボルタ)によって
日の目を見る、というか、世の中に急拡大していくその勢いは凄かったのだろう、と
当時映画館でこの映画を観たのを思い出しました。
このサントラ制作の場面で面白かったのが、当時ビー・ジーズのドラムを
担当していたデニスが父親の心臓発作でイギリスに帰らなければならず、
ドラムマシーンも質が悪く代わりのドラマーを探す時間もない、という時に、
デニスが「Night Fever」で演奏しているドラムの一小節をコピーしてループ状に
して使ったというエピソードで、逆にそのことでリズムに重みが増した、という
効果があった、今ならシンセサイザーで簡単に音を作れるかもしれませんが、
テープをコピーしてループにするという発想は当時だからのものですね。
と、映画館と書きながら、小学生で映画が観られたのはなぜだろうと調べてみたら、
公開当時はR指定、その後色々カットされてPG版が公開されたと書いてあって、
https://ja.beegeesdays.com/1233-snf-40th/
私が見たのは当然ですがPG版だったということを知りました。
R指定、どんな感じだったんだろう。。(今なら年齢問題ないです(笑))
映画公開当時、すでに廃れ初めていたディスコ音楽が彼らのお陰で拡大していくと、
今度はディスコで一儲け、という人達が湧いてくるもので、「ディスコ」と名の付くものが
世に溢れ、そうなると「反ディスコ」勢力が台頭してきて、ディスコ音楽が大ヒットした
ビー・ジーズも世の中の手のひら返しにあって表舞台から姿を消し、
その後はプロデューサーとして活動するようになった、とこの作品で知りました。
私自身はビー・ジーズをディスコ音楽だと思ったことはないというか、
「ビー・ジーズ」という一つのカテゴリーだと思っていたのですが、
他人と違うことを言えばかっこいいと思う人が必ずいる、という、クリス・マーティンの
言葉通り、人気のディスコ音楽に対して異議を唱え、一般の人たちを扇動するだけでなく、
ディスコ音楽のレコードをスタジアムに集めて爆破する、そんな場面を見て
(実際はディスコではなくR&Bのレコードが多かったという証言もありました)
今の時代でもそういうことはあるとはいえ、アーティストの運命を翻弄するとは、
観ていてとても残念に感じました。
その後、末弟のアンディ・ギブのデビューをサポートし大ヒットするものの、
ドラッグ中毒になってしまい、ビー・ジーズのメンバーに迎えられるものの
一緒に活動する前に、30歳という若さでこの世を去ってしまったこと、
モーリス、ロビンも自分より先に亡くなってしまったことに対して、
年老いたバリーが「成功はいらないから弟たちに戻ってきてほしい」という場面、
兄弟だからこそ思っていることをぶつけ合って良い物を作っていける、
彼らが若いころから行っていたスタジオでの作詞作曲風景を観た後の言葉で、
(メロディを奏でながら仕上げていくスタイル)
結構序盤から目が潤みがちで見ていた私も思わずボロボロと泣いてしまいました。
バリーのライブ風景(2017年のもの)の後、映画はエンドロールに進みましたが、
今まで音楽を知っていて彼らについての知識があまりなかったことを実感し、
この歳でもそのことを知ることができて良かったと思います。
丁寧に彼らの歴史を映像と音楽と共に紡いで製作された作品ですが、
改めてビー・ジーズの音楽を聴いてみたい、若い世代の方々でも見て
彼らの音楽に触れて欲しいと思った「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」でありました。
(本編と全然関係ないのですが)
ビー・ジーズというグループ名、どうやってついたのか、
Gibb家のGをとっていたのかと思ったら、全然違うんですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%BA
Rattlesnakes(ガラガラ蛇?)、Wee Johnny Haynes & The Bluecasとグループ名が
変わった後、知り合ったラジオDJのBill Gatesと、彼を紹介したレーサーのBill Goodeの
イニシャル(BG)をとってBee Geesとつけた、と書いてありました。
メンバーの苗字であるGibbからじゃなかったとは。衝撃でした。
(長兄のBarry GibbもイニシャルBGですが、違う人たちから名付けたグループ名だなんて)
その後は、バーブラ・ストライサンドやダイアナ・ロスなどのプロデュース、
音楽活動をサポートしてビー・ジーズに迎えた末弟アンディの若い死、
その後、双子の兄弟モーリスとロビンが病気で亡くなったことは知っていながら、
特に彼らの半生について実は良く知らなくて今回のドキュメンタリーで知ることが多く、
その半生が時の流れに大きく左右されてしまう大変なものであったことに驚きました。
マン島からイギリスに引っ越し、そこからオーストラリアに移住したGibb家、
バンドマンだった父のサポートで若いころから音楽活動を始めてデビュー、
ブライアン・エプスタインが彼らに注目して、経営するマネジメント会社から
ロバート・スティッグウッドを送り込んでワールドデビューに導く。
見ていると、このロバート・スティッグウッドのマネジメントによる成功、
とも見えたのですが(当然ビー・ジーズのメンバーの才能あってのことですが)
ヒットしてリードボーカルをバリ―とロビンが競い合い、ロビンがソロとして独立、
この場面で、ノエル・ギャラガーの「兄弟の歌声は誰も買えない楽器」という言葉と
兄弟だからこそのデメリットも語られ、彼自身が弟リアムとOasisを結成して成功するも
その後兄弟の確執で別々の道を歩んでいったことからも兄弟ならではのメリットと
デメリット(ニック・ジョナスも作中でコメント)を改めて感じました。
その後、ロビンがビー・ジーズに戻って、
1970年代、メロディ・フェアからサタデーナイト・フィーバーまで、
私が知った頃の大ヒット連発のビー・ジーズが投影されたのですが、
この頃、バリーがファルセット唱法を使うことによって音楽の幅を広げたこと、
それまで黒人とゲイが集まるディスコが彼らの音楽と映画(トラボルタ)によって
日の目を見る、というか、世の中に急拡大していくその勢いは凄かったのだろう、と
当時映画館でこの映画を観たのを思い出しました。
このサントラ制作の場面で面白かったのが、当時ビー・ジーズのドラムを
担当していたデニスが父親の心臓発作でイギリスに帰らなければならず、
ドラムマシーンも質が悪く代わりのドラマーを探す時間もない、という時に、
デニスが「Night Fever」で演奏しているドラムの一小節をコピーしてループ状に
して使ったというエピソードで、逆にそのことでリズムに重みが増した、という
効果があった、今ならシンセサイザーで簡単に音を作れるかもしれませんが、
テープをコピーしてループにするという発想は当時だからのものですね。
と、映画館と書きながら、小学生で映画が観られたのはなぜだろうと調べてみたら、
公開当時はR指定、その後色々カットされてPG版が公開されたと書いてあって、
https://ja.beegeesdays.com/1233-snf-40th/
私が見たのは当然ですがPG版だったということを知りました。
R指定、どんな感じだったんだろう。。(今なら年齢問題ないです(笑))
映画公開当時、すでに廃れ初めていたディスコ音楽が彼らのお陰で拡大していくと、
今度はディスコで一儲け、という人達が湧いてくるもので、「ディスコ」と名の付くものが
世に溢れ、そうなると「反ディスコ」勢力が台頭してきて、ディスコ音楽が大ヒットした
ビー・ジーズも世の中の手のひら返しにあって表舞台から姿を消し、
その後はプロデューサーとして活動するようになった、とこの作品で知りました。
私自身はビー・ジーズをディスコ音楽だと思ったことはないというか、
「ビー・ジーズ」という一つのカテゴリーだと思っていたのですが、
他人と違うことを言えばかっこいいと思う人が必ずいる、という、クリス・マーティンの
言葉通り、人気のディスコ音楽に対して異議を唱え、一般の人たちを扇動するだけでなく、
ディスコ音楽のレコードをスタジアムに集めて爆破する、そんな場面を見て
(実際はディスコではなくR&Bのレコードが多かったという証言もありました)
今の時代でもそういうことはあるとはいえ、アーティストの運命を翻弄するとは、
観ていてとても残念に感じました。
その後、末弟のアンディ・ギブのデビューをサポートし大ヒットするものの、
ドラッグ中毒になってしまい、ビー・ジーズのメンバーに迎えられるものの
一緒に活動する前に、30歳という若さでこの世を去ってしまったこと、
モーリス、ロビンも自分より先に亡くなってしまったことに対して、
年老いたバリーが「成功はいらないから弟たちに戻ってきてほしい」という場面、
兄弟だからこそ思っていることをぶつけ合って良い物を作っていける、
彼らが若いころから行っていたスタジオでの作詞作曲風景を観た後の言葉で、
(メロディを奏でながら仕上げていくスタイル)
結構序盤から目が潤みがちで見ていた私も思わずボロボロと泣いてしまいました。
バリーのライブ風景(2017年のもの)の後、映画はエンドロールに進みましたが、
今まで音楽を知っていて彼らについての知識があまりなかったことを実感し、
この歳でもそのことを知ることができて良かったと思います。
丁寧に彼らの歴史を映像と音楽と共に紡いで製作された作品ですが、
改めてビー・ジーズの音楽を聴いてみたい、若い世代の方々でも見て
彼らの音楽に触れて欲しいと思った「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」でありました。
(本編と全然関係ないのですが)
ビー・ジーズというグループ名、どうやってついたのか、
Gibb家のGをとっていたのかと思ったら、全然違うんですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%BA
Rattlesnakes(ガラガラ蛇?)、Wee Johnny Haynes & The Bluecasとグループ名が
変わった後、知り合ったラジオDJのBill Gatesと、彼を紹介したレーサーのBill Goodeの
イニシャル(BG)をとってBee Geesとつけた、と書いてありました。
メンバーの苗字であるGibbからじゃなかったとは。衝撃でした。
(長兄のBarry GibbもイニシャルBGですが、違う人たちから名付けたグループ名だなんて)
映画「百姓の百の声」を観る [映画(は行)]
以前、田端のChupkiさんで観た「ひめゆり」の監督、柴田昌平さんの新しい作品で、
クラウドファンディングに参加し、試写のご案内をいただいたので試写会で鑑賞しました。

内容は映画.comさんより。
自然と向き合い作物を熟知する農業従事者の人々にスポットを当てたドキュメンタリー。
「千年の一滴 だし しょうゆ」の柴田昌平監督が「食」の原点である「農」をテーマに、
全国の農家の人々の知恵や工夫、そして人生を、丁寧なインタビューと美しい映像で
紡ぎ出す。
彼らが畑で何と格闘しているのか、ビニールハウスの中で何を考えているのか。
小手先では解決できない様々な矛盾を独自の工夫で克服する彼らの姿を通し、
多くの人々が「風景」としか見ていない営みのコアな姿を、鮮やかに浮かび上がらせて
いく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※11月5日が正式公開日ですので記事のアップはフライングかと思ったのですが、
多くの人に観てほしいと思ってその前に記事をアップしました。
映画の冒頭でも語られていますが、私自身、日常食べている野菜やお米について、
どういう人がどうやって作っているのか、考えていなかったことに気づかされました。
身近には、lovin姐さんとスージー兄さんが畑を借りて長らく野菜をつくっているのを
記事で拝見していますが、あとは、昔昔実家で畑を借りて野菜を作っていたのを手伝った、
その程度の知識というか感覚しかありませんでした。
鑑賞後、柴田監督のご挨拶の中で、取材するきっかけとなったのが農文協であり、
(農文協=農山漁村文化協会)
記者の方と一緒に農家を訪れ取材していたものの、最初の半年は農家と農文協の
方々の会話(用語)がまったく分からず、通訳してもらっても分からない、
という状況が続いて非常に厳しい取材だったというお話がありました。
確かに、映画の冒頭で「ぶんけつ」という言葉が出てきて(映画で正解は言わない)
??? ????と思って鑑賞後に調べたら「分蘖」、こんな字、見たの初めて、
と驚きました。
映画に登場する農家の方々、皆さん、高齢でも生き生きとしているのが印象的でした。
酸化しないりんごを栽培する薄田さん(80過ぎでも筋骨隆々)の紹介から始まり、
3年前の台風でキュウリ栽培のハウス(千葉)が全壊してしまい、建て直して
最新式の装置を設置しキュウリ栽培に励む90代のおじいちゃん。
(台風でハウスが壊れる経験は多くの農家が経験しているそうです)
一次産業である農業も少子高齢化の影響で離農が進む中、離農した農家の田んぼを
引き受けて気づけば100エーカーの田んぼを会社組織を作って運営する茨城の横田さん。
田植え機は一台、設備は増やさず収穫時期の異なる品種を植えていくなどの工夫、
(増やすと維持などで生産量が増えてそれ以上にコストアップ)
農水省や自治体の掲げるメガファーム構想がいかに現実とかけ離れたものであるか、
構想をぶちあげる人たちの(現実との)ずれ加減みたいなものを感じましたが、
少子高齢化の中で農業政策が実態に合わないことをお役所はどう思っているのだろう、
(他のお役所でもこういうこと多いと思いますが)
そんな気持ちで千葉のお隣の田んぼの風景を見ながら感じました。
農文協の発行する「現代農業」では、農家の方々の知恵や工夫を惜しげもなく紹介し、
先人の知恵を大切にする、種は独り占めせずに他の農家と共有し、その作物を
絶やさないようにつくっていく(種の交換会の風景が興味深かった)、
知恵や情報の共有が農家や日本の農業にとって長らく続いてきた大切なことであるという
考え方に反して、国の政策といえば特許で守ろうという考えで、そのずれ加減にも
(海外で勝手に作られないようにという防衛策の意味もあるのでしょうが)
農家の声に耳を傾けようという気持がないのかな、という疑問もわきました。
実際、シャインマスカットを栽培する農家の男性(まだ若い)は、
種や栽培手法が流出しても、自分と同じように美味しいシャインマスカットが
つくれるわけではないという自信に満ちた発言をしていて、
国として農家をサポートする、という意味は特許より違うところにあってもよいのでは
ないかという気持になりました。
また、50年くらい前に行った入植(秋田)政策に参加した男性について、
入植し、苦労の末に稲作が軌道に乗ったところで減反政策のあおりを受けて、
自主流通に切り替えてから大変ご苦労された話を聞くと、
農協が農家を支配(拘束)していた時代、国の減反政策に抗おうとすれば裏切者と
切り捨てられる状況であったこと、一方、自家精米することで手にした米ぬかを
稲作に最大限活用できること、世の中の理不尽さを感じましたが、農家の皆さんの
七転び八起きな姿勢には自分の日々の甘さを感じました。(反省)
映画のタイトルになっている「百姓」は現在では放送禁止用語だそうですが、
小さい頃、婆1号には「お米を一粒のこさず食べないとお百姓さんのバチが当たる」、
常に言われていました。
婆1号も実家が農家、高校時代まで農繁期には学校を休んで田植え、稲刈りの戦力として
駆り出されていたこと、せっかくつくったお米も農協に差し出さなければならず、
家では白いご飯食べたいだけ食べられる状況ではなかったことから、
常に食卓で私や兄が言われていたことを今回の映画を観て思い出しました。
小さいころとくらべて飽食の時代になったせいか、
お百姓さんへの感謝の気持ちを忘れがちだった自分が婆1号の言葉を思い出し、
お米や野菜、お肉やお魚、自然からの恵みをいただくときは常に感謝しないといけない、
そんな気持ちになれた「百姓の百の声」でありました。
※上映館は今のところ東中野のポレポレさんだけのようですが、
いずれ田端のChupkiさんでも上映される予定、もっと広がっていくと思いますので、
みなさんもよかったら映画館で観て下さい!
クラウドファンディングに参加し、試写のご案内をいただいたので試写会で鑑賞しました。

内容は映画.comさんより。
自然と向き合い作物を熟知する農業従事者の人々にスポットを当てたドキュメンタリー。
「千年の一滴 だし しょうゆ」の柴田昌平監督が「食」の原点である「農」をテーマに、
全国の農家の人々の知恵や工夫、そして人生を、丁寧なインタビューと美しい映像で
紡ぎ出す。
彼らが畑で何と格闘しているのか、ビニールハウスの中で何を考えているのか。
小手先では解決できない様々な矛盾を独自の工夫で克服する彼らの姿を通し、
多くの人々が「風景」としか見ていない営みのコアな姿を、鮮やかに浮かび上がらせて
いく。
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※11月5日が正式公開日ですので記事のアップはフライングかと思ったのですが、
多くの人に観てほしいと思ってその前に記事をアップしました。
映画の冒頭でも語られていますが、私自身、日常食べている野菜やお米について、
どういう人がどうやって作っているのか、考えていなかったことに気づかされました。
身近には、lovin姐さんとスージー兄さんが畑を借りて長らく野菜をつくっているのを
記事で拝見していますが、あとは、昔昔実家で畑を借りて野菜を作っていたのを手伝った、
その程度の知識というか感覚しかありませんでした。
鑑賞後、柴田監督のご挨拶の中で、取材するきっかけとなったのが農文協であり、
(農文協=農山漁村文化協会)
記者の方と一緒に農家を訪れ取材していたものの、最初の半年は農家と農文協の
方々の会話(用語)がまったく分からず、通訳してもらっても分からない、
という状況が続いて非常に厳しい取材だったというお話がありました。
確かに、映画の冒頭で「ぶんけつ」という言葉が出てきて(映画で正解は言わない)
??? ????と思って鑑賞後に調べたら「分蘖」、こんな字、見たの初めて、
と驚きました。
映画に登場する農家の方々、皆さん、高齢でも生き生きとしているのが印象的でした。
酸化しないりんごを栽培する薄田さん(80過ぎでも筋骨隆々)の紹介から始まり、
3年前の台風でキュウリ栽培のハウス(千葉)が全壊してしまい、建て直して
最新式の装置を設置しキュウリ栽培に励む90代のおじいちゃん。
(台風でハウスが壊れる経験は多くの農家が経験しているそうです)
一次産業である農業も少子高齢化の影響で離農が進む中、離農した農家の田んぼを
引き受けて気づけば100エーカーの田んぼを会社組織を作って運営する茨城の横田さん。
田植え機は一台、設備は増やさず収穫時期の異なる品種を植えていくなどの工夫、
(増やすと維持などで生産量が増えてそれ以上にコストアップ)
農水省や自治体の掲げるメガファーム構想がいかに現実とかけ離れたものであるか、
構想をぶちあげる人たちの(現実との)ずれ加減みたいなものを感じましたが、
少子高齢化の中で農業政策が実態に合わないことをお役所はどう思っているのだろう、
(他のお役所でもこういうこと多いと思いますが)
そんな気持ちで千葉のお隣の田んぼの風景を見ながら感じました。
農文協の発行する「現代農業」では、農家の方々の知恵や工夫を惜しげもなく紹介し、
先人の知恵を大切にする、種は独り占めせずに他の農家と共有し、その作物を
絶やさないようにつくっていく(種の交換会の風景が興味深かった)、
知恵や情報の共有が農家や日本の農業にとって長らく続いてきた大切なことであるという
考え方に反して、国の政策といえば特許で守ろうという考えで、そのずれ加減にも
(海外で勝手に作られないようにという防衛策の意味もあるのでしょうが)
農家の声に耳を傾けようという気持がないのかな、という疑問もわきました。
実際、シャインマスカットを栽培する農家の男性(まだ若い)は、
種や栽培手法が流出しても、自分と同じように美味しいシャインマスカットが
つくれるわけではないという自信に満ちた発言をしていて、
国として農家をサポートする、という意味は特許より違うところにあってもよいのでは
ないかという気持になりました。
また、50年くらい前に行った入植(秋田)政策に参加した男性について、
入植し、苦労の末に稲作が軌道に乗ったところで減反政策のあおりを受けて、
自主流通に切り替えてから大変ご苦労された話を聞くと、
農協が農家を支配(拘束)していた時代、国の減反政策に抗おうとすれば裏切者と
切り捨てられる状況であったこと、一方、自家精米することで手にした米ぬかを
稲作に最大限活用できること、世の中の理不尽さを感じましたが、農家の皆さんの
七転び八起きな姿勢には自分の日々の甘さを感じました。(反省)
映画のタイトルになっている「百姓」は現在では放送禁止用語だそうですが、
小さい頃、婆1号には「お米を一粒のこさず食べないとお百姓さんのバチが当たる」、
常に言われていました。
婆1号も実家が農家、高校時代まで農繁期には学校を休んで田植え、稲刈りの戦力として
駆り出されていたこと、せっかくつくったお米も農協に差し出さなければならず、
家では白いご飯食べたいだけ食べられる状況ではなかったことから、
常に食卓で私や兄が言われていたことを今回の映画を観て思い出しました。
小さいころとくらべて飽食の時代になったせいか、
お百姓さんへの感謝の気持ちを忘れがちだった自分が婆1号の言葉を思い出し、
お米や野菜、お肉やお魚、自然からの恵みをいただくときは常に感謝しないといけない、
そんな気持ちになれた「百姓の百の声」でありました。
※上映館は今のところ東中野のポレポレさんだけのようですが、
いずれ田端のChupkiさんでも上映される予定、もっと広がっていくと思いますので、
みなさんもよかったら映画館で観て下さい!
映画「ブレット・トレイン」を観る [映画(は行)]
映画館やYouTubeで嫌というほど予告編を観たので映画館に本編を観に行きました。

あらすじはYahoo!映画さんより。
あるブリーフケースを盗むよう謎の女性から指令を受け、
東京発京都行の高速列車に乗り込んだ殺し屋・レディバグ(ブラッド・ピット)。
ブリーフケースを奪って降りるだけの簡単な任務のはずだったが、
疾走する車内で次々に殺し屋たちと遭遇してしまう。
襲い掛かってくる彼らと訳も分からぬまま死闘を繰り広げる中、
次第に殺し屋たちとの過去の因縁が浮かび上がってくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チャニング・テイタム!(笑)
予告編を観ていったので(ホントに分からないくらいの回数観ました)
ある程度下地をつくって観に行ったのですが、チャニング・テイタムは想定外でした。

あらすじはYahoo!映画さんより。
あるブリーフケースを盗むよう謎の女性から指令を受け、
東京発京都行の高速列車に乗り込んだ殺し屋・レディバグ(ブラッド・ピット)。
ブリーフケースを奪って降りるだけの簡単な任務のはずだったが、
疾走する車内で次々に殺し屋たちと遭遇してしまう。
襲い掛かってくる彼らと訳も分からぬまま死闘を繰り広げる中、
次第に殺し屋たちとの過去の因縁が浮かび上がってくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チャニング・テイタム!(笑)
予告編を観ていったので(ホントに分からないくらいの回数観ました)
ある程度下地をつくって観に行ったのですが、チャニング・テイタムは想定外でした。
ブラピにサンドラ・ブロックにチャニング・テイタムって、
この作品と同じ組み合わせ!と、個人的にはドツボにはまるレベルでした。
(登場の仕方もキャラ設定も予想外で今作一番はまったポイントです)
また、予告編で分かっていたので映画館でイラつくことはありませんでしたが、
日本だと思って見ない方が楽しめます。(笑)
面白いくらいツッコミいれられる描き方なのですが、たとえば、
●飲み屋街が看板含めて香港ぽい
●新幹線の名前が「ゆかり」、他に違う名前はなかったのか
●新幹線の座席はもっと立派で快適
●下りで静岡駅を通過した後、右手富士山が見えるなんて嘘
●モモンガが可愛くない&東京オリンピックのキャラクター似(笑)
●車掌が一人しかいなくてポンコツ過ぎ(しかもマシ・オカを使う残念)
●新幹線のホームが高架ではなくてホームドアがない
●新幹線のガラス窓が耐久性弱くて割れ過ぎ
●京都の風景(CG)がしょぼすぎ 五重塔が細くてバランス悪
●日本の駅のホームがヤクザだらけになるほど治安悪くない(笑)
●鉄道王国の日本で新幹線が脱線するなんて悲しい
●JR(協力していないのは明白)が怒らないか心配
思い出して書いてみてもこんな感じで結構多くて我ながらびっくり。(笑)
これを気にするとただイラつくだけで楽しめないと思いますが、
日本ロケではないし(CGも敢えて日本みたいで違う風にしたのかと)、
外国人から見た日本観って相変わらずこんな感じかな、
と思ってみれば気になるけど気にせず観られます。(笑)
これが気になると最低映画になりそうな、、、気がします。
密室での群像劇、拳銃を持たないレディバグ(ブラピ)がブリーフケースを
もって品川で降りればいいだけなのにそれが叶わず、
次々と現れる殺し屋と闘わないといけない状況になるのですが、
そもそも、大金入ったブリーフケースを戸口近くの荷物棚に置く不用心、
そこがダメなんだろう(やったのは殺し屋のレモン)というツッコミもありつつ、
途中で出てくる車内販売のありえない感、
(カレン・フクハラを使うなら青山テルマの方が盛り上がったのに(笑))
木村の日本語が拙すぎて終始気になってしまったこと、
いつの間にか車内から乗客が殺し屋以外いなくなっていて
(ラスボスが貸し切ったと言うものの最初はいっぱい乗っていた)
結局まだツッコミどころを書いている自分に気づきました。(笑)
良かった点は、ブラピが楽しそうに演じていたこと。それに尽きます。
殺し屋のレモンとミカンも個人的にはツボで、特にレモンが語る機関車トーマス、
そうか、ディーゼルは曲者で悪いんだ、と、この映画で学びました。(^-^;
他に、伊坂幸太郎さんの原作では中学生の役どころだったものの、
映画化では若い女性(プリンス)に設定変更していたのを演じていたジョーイ・キング、
この人見たことある、と見続けて途中で気づいたのですが、
一昨年見たNetflixの「キスから始まるものがたり」と続編に出ていた人でした。
観ていてイラつく性格の役どころですが、↑の青春映画とは全く異なる雰囲気で
好演していたと思います。
また、鑑賞後にクレジットを見て気づいたのですが、
みかん役のアーロン・テイラー=ジョンソンって、
殺し屋だらけが登場するものの彼らの一部が過去に接点があったり
(クライアントが変わっても現場でプロの殺し屋が出くわす場面というのは
ままあるのかなと、知らない業界の一端を観た気分)
その中で、運不運が見えてくるわけですが、レディバグはそれ自身が幸運ではなく、
背中に背負った点の数だけ不運を受けて他を幸せにするという説明の中で
彼自身が大変な目に遭いまくるものの最終的には他(の一部)を幸せにして、
自分自身もハッピー(多分)になるという展開に見えました。
この映画を観て何を感じるか、と言われたら殆ど何も感じなかったし、
(強いていうなら、レモンとミカンの強い友情と兄弟愛かな)
日本を描くなら日本映画をリスペクトしているタランティーノ監督の方が
ずっと入り込めると思いました。
(キルビルで日本刀もって飛行機に乗るユマ・サーマンには笑いましたが)
ただ、タランティーノが梶芽衣子の「修羅の花」を採用したのと同じくらい、
いや、それ以上だったかもしれないのは、麻倉未稀の「HERO」を採用したこと、
でした。終盤でいきなり流れて私も想定外すぎる展開に笑いましたが、
おそらく聴いて過剰に反応するのは日本人(特に40代以上)だけと思いますが、
この選曲の意外性はよかったと思います。
日本が舞台でなくてもアジアの違う国でもよさそうなもんだな、と、
これを見て日本がこうだと思い込んでくる人は今の時代いないとは思いますが(笑)
(昔は忍者がいると思って来日する外国人がいたのとは時代が変わりましたし)
ここまで振れ幅が凄いと逆にそれは気にせず(見ているときは)ブラピの活き活きと
楽しそうに演じている姿を眺めているだけで満足してしまった(単純です(笑))
勢いだけで観るのが吉の「ブレット・トレイン」でありました。
この作品と同じ組み合わせ!と、個人的にはドツボにはまるレベルでした。
(登場の仕方もキャラ設定も予想外で今作一番はまったポイントです)
また、予告編で分かっていたので映画館でイラつくことはありませんでしたが、
日本だと思って見ない方が楽しめます。(笑)
面白いくらいツッコミいれられる描き方なのですが、たとえば、
●飲み屋街が看板含めて香港ぽい
●新幹線の名前が「ゆかり」、他に違う名前はなかったのか
●新幹線の座席はもっと立派で快適
●下りで静岡駅を通過した後、右手富士山が見えるなんて嘘
●モモンガが可愛くない&東京オリンピックのキャラクター似(笑)
●車掌が一人しかいなくてポンコツ過ぎ(しかもマシ・オカを使う残念)
●新幹線のホームが高架ではなくてホームドアがない
●新幹線のガラス窓が耐久性弱くて割れ過ぎ
●京都の風景(CG)がしょぼすぎ 五重塔が細くてバランス悪
●日本の駅のホームがヤクザだらけになるほど治安悪くない(笑)
●鉄道王国の日本で新幹線が脱線するなんて悲しい
●JR(協力していないのは明白)が怒らないか心配
思い出して書いてみてもこんな感じで結構多くて我ながらびっくり。(笑)
これを気にするとただイラつくだけで楽しめないと思いますが、
日本ロケではないし(CGも敢えて日本みたいで違う風にしたのかと)、
外国人から見た日本観って相変わらずこんな感じかな、
と思ってみれば気になるけど気にせず観られます。(笑)
これが気になると最低映画になりそうな、、、気がします。
密室での群像劇、拳銃を持たないレディバグ(ブラピ)がブリーフケースを
もって品川で降りればいいだけなのにそれが叶わず、
次々と現れる殺し屋と闘わないといけない状況になるのですが、
そもそも、大金入ったブリーフケースを戸口近くの荷物棚に置く不用心、
そこがダメなんだろう(やったのは殺し屋のレモン)というツッコミもありつつ、
途中で出てくる車内販売のありえない感、
(カレン・フクハラを使うなら青山テルマの方が盛り上がったのに(笑))
木村の日本語が拙すぎて終始気になってしまったこと、
いつの間にか車内から乗客が殺し屋以外いなくなっていて
(ラスボスが貸し切ったと言うものの最初はいっぱい乗っていた)
結局まだツッコミどころを書いている自分に気づきました。(笑)
良かった点は、ブラピが楽しそうに演じていたこと。それに尽きます。
殺し屋のレモンとミカンも個人的にはツボで、特にレモンが語る機関車トーマス、
そうか、ディーゼルは曲者で悪いんだ、と、この映画で学びました。(^-^;
他に、伊坂幸太郎さんの原作では中学生の役どころだったものの、
映画化では若い女性(プリンス)に設定変更していたのを演じていたジョーイ・キング、
この人見たことある、と見続けて途中で気づいたのですが、
一昨年見たNetflixの「キスから始まるものがたり」と続編に出ていた人でした。
観ていてイラつく性格の役どころですが、↑の青春映画とは全く異なる雰囲気で
好演していたと思います。
また、鑑賞後にクレジットを見て気づいたのですが、
みかん役のアーロン・テイラー=ジョンソンって、
この映画で若かりし頃のジョン・レノンを演じていたんですね。
10年経つので気づかなかったのですが、この作品は伯母さんのミミと
実母のインパクトが強すぎて、ジョン・レノンが地味に見えたので、
まさかこの役者さんがみかんを演じていたとは、、、見た後びっくりしました。
10年経つので気づかなかったのですが、この作品は伯母さんのミミと
実母のインパクトが強すぎて、ジョン・レノンが地味に見えたので、
まさかこの役者さんがみかんを演じていたとは、、、見た後びっくりしました。
殺し屋だらけが登場するものの彼らの一部が過去に接点があったり
(クライアントが変わっても現場でプロの殺し屋が出くわす場面というのは
ままあるのかなと、知らない業界の一端を観た気分)
その中で、運不運が見えてくるわけですが、レディバグはそれ自身が幸運ではなく、
背中に背負った点の数だけ不運を受けて他を幸せにするという説明の中で
彼自身が大変な目に遭いまくるものの最終的には他(の一部)を幸せにして、
自分自身もハッピー(多分)になるという展開に見えました。
この映画を観て何を感じるか、と言われたら殆ど何も感じなかったし、
(強いていうなら、レモンとミカンの強い友情と兄弟愛かな)
日本を描くなら日本映画をリスペクトしているタランティーノ監督の方が
ずっと入り込めると思いました。
(キルビルで日本刀もって飛行機に乗るユマ・サーマンには笑いましたが)
ただ、タランティーノが梶芽衣子の「修羅の花」を採用したのと同じくらい、
いや、それ以上だったかもしれないのは、麻倉未稀の「HERO」を採用したこと、
でした。終盤でいきなり流れて私も想定外すぎる展開に笑いましたが、
おそらく聴いて過剰に反応するのは日本人(特に40代以上)だけと思いますが、
この選曲の意外性はよかったと思います。
日本が舞台でなくてもアジアの違う国でもよさそうなもんだな、と、
これを見て日本がこうだと思い込んでくる人は今の時代いないとは思いますが(笑)
(昔は忍者がいると思って来日する外国人がいたのとは時代が変わりましたし)
ここまで振れ幅が凄いと逆にそれは気にせず(見ているときは)ブラピの活き活きと
楽しそうに演じている姿を眺めているだけで満足してしまった(単純です(笑))
勢いだけで観るのが吉の「ブレット・トレイン」でありました。
映画「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」を観る [映画(は行)]
ビーチボーイズは知っているもののファンということもなく、
でも曲は結構知っているから、という理由で映画館で観ました。

あらすじはYahoo!映画さんより。
1962年にデビューアルバム「サーフィン・サファリ」をリリースした、ビーチ・ボーイズ。
その創設メンバーであるブライアン・ウィルソンは、コンポーザーとして
「カリフォルニア・ガールズ」「リトル・ガール」といった人気ナンバー、
「ペット・サウンズ」などのアルバムを生み出す。
だが、薬物依存症を発症したことでツアーから離脱し、メンバーともすれ違うようになる。
さらに精神科医ユージン・ランディ氏によって洗脳まがいの治療を施された上に、
弟デニスを亡くしてしまう。
でも曲は結構知っているから、という理由で映画館で観ました。

あらすじはYahoo!映画さんより。
1962年にデビューアルバム「サーフィン・サファリ」をリリースした、ビーチ・ボーイズ。
その創設メンバーであるブライアン・ウィルソンは、コンポーザーとして
「カリフォルニア・ガールズ」「リトル・ガール」といった人気ナンバー、
「ペット・サウンズ」などのアルバムを生み出す。
だが、薬物依存症を発症したことでツアーから離脱し、メンバーともすれ違うようになる。
さらに精神科医ユージン・ランディ氏によって洗脳まがいの治療を施された上に、
弟デニスを亡くしてしまう。
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ビーチ・ボーイズファンというほどでもない私も楽しめました。(^-^)
小学生の頃、人生最初にはまった洋楽がクイーンだったせいか、
ビーチ・ボーイズ走っているけれど陽気なサーフィンミュージック、
勝手ないイメージのまま、気づけば五十路になっていた私です。
映画を観た後、Spotifyで検索して聴きながら帰途についたのですが、
意外とたくさん彼らの曲を知っていたということに気づきました。
彼らの曲を知っていたけれど、メロディを口ずさめるけれど、
メンバーにブライアン・ウィルソンがいることを知っているくらいで、
それも、彼の娘が結成したウィルソン・フィリップスの曲で知った、
(調べたらそれも1990年とずいぶん昔の話でした(^-^;)
ビーチ・ボーイズといってもその程度の知識だったので、今作を見て、
ブライアン・ウィルソンが天才であること、それが故に様々な苦悩を抱えて
アルコールやドラッグにどっぷりつかったりしたこと、
陽気に聴こえていた音楽の背景にある彼の才能と繊細さと苦労を垣間見た、
そんな気持ちになりました。
私が陽気だと思っていたのは私が生まれる前あたりの作品(サーフィンUSAとか)、
ビートルズのラバーソウルに影響を受けて発表したアルバムが、

ペット・サウンズ(MONO & STEREO)+1(SHM-CD)
- アーティスト: ザ・ビーチ・ボーイズ
- 出版社/メーカー: Universal Music
- 発売日: 2016/04/06
- メディア: CD
"God only knows"、聴けば知っている曲ですが、この曲、確かにビートルズの影響を
受けたのも分かります。ただ、このアルバムがこれまでのサウンドとかけ離れていて
商業的には思ったほどではなく、レコード会社からも敬遠されてしまい、
その後のアルバム制作中にブライアン・ウィルソンは精神を病んでアルコールやドラッグに
どっぷりつかってしまい(暴力的だった父親も精神的に負に作用したように見えた)
メンバーで弟だったデニスをなくし、更に、あくどい精神科医の拘束(9年間も)もあって、
と、波乱の人生だったことを今作で知りました。
長年ブライアン・ウィルソンと親交のあるローリングストーン紙の記者の
ジェイソン・ファインと一緒にドライブしながら思い出の場所をたどっていくのが
中心になっていますが、心を開いて話せる相手とドライブしながらだったからこそ、
ブライアン・ウィルソンも過去の辛い話ができたのではないかと思います。
(一緒に話して音楽を聴いているときの彼の姿が時につらそうでしたが、
楽しそうにしている様子は見ていてほほえましかった)
20歳そこそこで大ヒットを飛ばし、3年間でアルバム10枚を作るという、
(儲けようとするレコード会社にいいように使われていたようにも見えました)
その精神力と才能は素晴らしいという言葉では表現しきれないですね。
エルトン・ジョンや、ブルース・スプリングスティーン(久しぶりに観た)、
今年初めに亡くなったテイラー・ホーキンスなどのミュージシャンが登場し、
ブライアン・ウィルソンについて語る中で、エルトン・ジョンが彼の家に
行った話、エルトン・ジョンだけでなく、スライ・ストーンや、
パパス&ママス(ウィルソン・フィリップス誕生ってここなのね、と納得)も
訪れたという話に時代を感じつつ、当時のミュージシャンたちが集う様子を
想像しました。
今作を観なければ私にとってのビーチ・ボーイズは陽気なままでしたが、
ブライアン・ウィルソンの姿と人生を少しでも知ることが出来たことで、
彼の成長とともに変化していった楽曲も理解して改めて聴きたいと思った、
「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」でありました。
受けたのも分かります。ただ、このアルバムがこれまでのサウンドとかけ離れていて
商業的には思ったほどではなく、レコード会社からも敬遠されてしまい、
その後のアルバム制作中にブライアン・ウィルソンは精神を病んでアルコールやドラッグに
どっぷりつかってしまい(暴力的だった父親も精神的に負に作用したように見えた)
メンバーで弟だったデニスをなくし、更に、あくどい精神科医の拘束(9年間も)もあって、
と、波乱の人生だったことを今作で知りました。
長年ブライアン・ウィルソンと親交のあるローリングストーン紙の記者の
ジェイソン・ファインと一緒にドライブしながら思い出の場所をたどっていくのが
中心になっていますが、心を開いて話せる相手とドライブしながらだったからこそ、
ブライアン・ウィルソンも過去の辛い話ができたのではないかと思います。
(一緒に話して音楽を聴いているときの彼の姿が時につらそうでしたが、
楽しそうにしている様子は見ていてほほえましかった)
20歳そこそこで大ヒットを飛ばし、3年間でアルバム10枚を作るという、
(儲けようとするレコード会社にいいように使われていたようにも見えました)
その精神力と才能は素晴らしいという言葉では表現しきれないですね。
エルトン・ジョンや、ブルース・スプリングスティーン(久しぶりに観た)、
今年初めに亡くなったテイラー・ホーキンスなどのミュージシャンが登場し、
ブライアン・ウィルソンについて語る中で、エルトン・ジョンが彼の家に
行った話、エルトン・ジョンだけでなく、スライ・ストーンや、
パパス&ママス(ウィルソン・フィリップス誕生ってここなのね、と納得)も
訪れたという話に時代を感じつつ、当時のミュージシャンたちが集う様子を
想像しました。
今作を観なければ私にとってのビーチ・ボーイズは陽気なままでしたが、
ブライアン・ウィルソンの姿と人生を少しでも知ることが出来たことで、
彼の成長とともに変化していった楽曲も理解して改めて聴きたいと思った、
「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」でありました。
Netflix「ハーフタイム」を観る [映画(は行)]
Netflixでおススメに出てきたので鑑賞しました。

内容はYahoo!映画さんより。
歌手や女優としての活動の一方で、制作会社の設立、香水やファッションブランドの販売に
携るなど、多彩なキャリアを築いてきたジェニファー・ロペス。
世界中で楽曲を売り上げ、スーパーボウルのハーフタイムショーでは大勢の観客や視聴者を
魅了してきた。
しかし一方で、スポットライトを浴び続ける日々にプレッシャーを感じている一面もあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
J.Lo、結婚おめでとう。
めでたいタイミングで鑑賞したので、ベン・アフレックとの熱々な様子を
思い浮かべながら見ました。(^-^)
(ドキュメンタリーにもちょこっとベン・アフレックが出てきます)
ベン・アフレックと婚約していたころの映画をうっかり見たことがあって、

内容はYahoo!映画さんより。
歌手や女優としての活動の一方で、制作会社の設立、香水やファッションブランドの販売に
携るなど、多彩なキャリアを築いてきたジェニファー・ロペス。
世界中で楽曲を売り上げ、スーパーボウルのハーフタイムショーでは大勢の観客や視聴者を
魅了してきた。
しかし一方で、スポットライトを浴び続ける日々にプレッシャーを感じている一面もあった。
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J.Lo、結婚おめでとう。
めでたいタイミングで鑑賞したので、ベン・アフレックとの熱々な様子を
思い浮かべながら見ました。(^-^)
(ドキュメンタリーにもちょこっとベン・アフレックが出てきます)
ベン・アフレックと婚約していたころの映画をうっかり見たことがあって、
悪くはないけれど(冒頭辛いけれどハッピーエンドだし)、
付き合っている2人のラブラブシーンを観るのはいかがなものか、
と思ってしまったのですが(笑)、今回ドキュメンタリーを見て
映画出演が30本?と多いことを知りました。
付き合っている2人のラブラブシーンを観るのはいかがなものか、
と思ってしまったのですが(笑)、今回ドキュメンタリーを見て
映画出演が30本?と多いことを知りました。
密林で検索したらそこそこ私も出演作品を観ていたことに気づきました。
これまでジェニロペに抱いていたイメージは、歌手で時々映画に出ている人、
だったのですが、今回のドキュメンタリーを見て、ブロンクスの貧しい家を出て
ダンサーとして働きながら実在のラテン歌手を描いた映画の主役に抜擢されて、
ということなので最初は俳優としてデビューしたことを知りました。
殿方とのお付き合いが派手なイメージ、とはいえ、自立した女性として
活躍しているイメージもあったりして、男性に頼らずとも強く生きていける
(でも優しくしてくれる男性には傍にいてほしいんだろうな)
俳優なら俳優として活動していればアカデミー賞等の賞レースでもうちょっと
違う結果が出ていたかもしれない描き方でしたが、
これまでジェニロペに抱いていたイメージは、歌手で時々映画に出ている人、
だったのですが、今回のドキュメンタリーを見て、ブロンクスの貧しい家を出て
ダンサーとして働きながら実在のラテン歌手を描いた映画の主役に抜擢されて、
ということなので最初は俳優としてデビューしたことを知りました。
殿方とのお付き合いが派手なイメージ、とはいえ、自立した女性として
活躍しているイメージもあったりして、男性に頼らずとも強く生きていける
(でも優しくしてくれる男性には傍にいてほしいんだろうな)
俳優なら俳優として活動していればアカデミー賞等の賞レースでもうちょっと
違う結果が出ていたかもしれない描き方でしたが、
今作でもコンサンス・ウーを完全に食っていたので
コンサンス・ウーではなくジェニロペを主軸にもっていっていれば
もうちょっと違う作品になって賞レースにも食い込めたかもしれない、
そんな気持ちになりました。
(とはいえ、今作、殆ど共感できずに見終わってしまいましたが(^-^;)
ラジー賞を何度も受賞しているとはいえ、ジェニロペの演技が酷いとは思えず、
作品選びの問題なのかもしれないけれど、歌に演技に一生懸命取り組んでいても
どこか報われないような気持ちになってしまうのかもしれませんね。
コンサンス・ウーではなくジェニロペを主軸にもっていっていれば
もうちょっと違う作品になって賞レースにも食い込めたかもしれない、
そんな気持ちになりました。
(とはいえ、今作、殆ど共感できずに見終わってしまいましたが(^-^;)
ラジー賞を何度も受賞しているとはいえ、ジェニロペの演技が酷いとは思えず、
作品選びの問題なのかもしれないけれど、歌に演技に一生懸命取り組んでいても
どこか報われないような気持ちになってしまうのかもしれませんね。
![イン・ザ・ハイツ ブルーレイ&DVDセット(2枚組) [Blu-ray] イン・ザ・ハイツ ブルーレイ&DVDセット(2枚組) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51KyW6Yjj8L._SL160_.jpg)
イン・ザ・ハイツ ブルーレイ&DVDセット(2枚組) [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
- 発売日: 2021/12/03
- メディア: Blu-ray
プエルトリコをはじめとした中南米からの移民、その2世や3世を描いた作品、
ジェニロペもプエルトリコ移民2世としてNYブロンクスで生まれ育ち、
常に有色人種に対する偏見差別と闘ってきたことを語っていましたが、
2020年のスーパーボウルのハーフタイムに抜擢されたものの、
シャキーラとの共演と知り、自分の持ち時間が14分の半分しかないこと、
ラテンを代表する歌手として2人必要であったのか、
葛藤しながらも、見ている人が納得し感動してくれるステージをどうやって
作っていくのか、長らく一緒に活動している振付や音楽の監督とアイデアを出して、
トライ&エラーから更に良い物を作っていこうとする姿、
50代でここまで鍛え上げて妥協せずに取り組むのを見て感心することしきり、でした。
ネットでは、「わがまま」「自己中」というキーワードで形容されることが多いので、
周りにいる人たちの気遣いも大変そうだな、と長らく思っていましたが、
まあ、スターなのでそれでもいいんじゃないのかな、という気持ちもします。(笑)
スターにありがちなお騒がせ的要素は彼女に限らずアメリカのセレブであれば
あるあるなのかと思いますし(私と違う世界だと思えばよいだけで(笑))
ドキュメンタリーもジェニロペ礼賛を主眼に置いて製作しているのでそういう目線で
見ていれば素直に受け入れてみることができました。
恋多きジェニロペなのでベン・アフレックといつまで続くんだろうという気持も
当然感じながらの鑑賞となりましたが、ラテン移民2世としての葛藤、
トランプ政権に対しての不満とバイデン政権への期待、おそらく、ラテン移民の方々は
ジェニロペをラテンの代表(他にもラテン移民の有名人は沢山いますが)として、
この作品で勇気づけられる部分も多かったんだろうと思いつつ、
私自身は、50代でこのプロ意識、私もぐーたらしないで健康に気を付けるように
(もうちょっと運動するようにしないと)
という気持になった「ハーフタイム」でありました。
ジェニロペもプエルトリコ移民2世としてNYブロンクスで生まれ育ち、
常に有色人種に対する偏見差別と闘ってきたことを語っていましたが、
2020年のスーパーボウルのハーフタイムに抜擢されたものの、
シャキーラとの共演と知り、自分の持ち時間が14分の半分しかないこと、
ラテンを代表する歌手として2人必要であったのか、
葛藤しながらも、見ている人が納得し感動してくれるステージをどうやって
作っていくのか、長らく一緒に活動している振付や音楽の監督とアイデアを出して、
トライ&エラーから更に良い物を作っていこうとする姿、
50代でここまで鍛え上げて妥協せずに取り組むのを見て感心することしきり、でした。
ネットでは、「わがまま」「自己中」というキーワードで形容されることが多いので、
周りにいる人たちの気遣いも大変そうだな、と長らく思っていましたが、
まあ、スターなのでそれでもいいんじゃないのかな、という気持ちもします。(笑)
スターにありがちなお騒がせ的要素は彼女に限らずアメリカのセレブであれば
あるあるなのかと思いますし(私と違う世界だと思えばよいだけで(笑))
ドキュメンタリーもジェニロペ礼賛を主眼に置いて製作しているのでそういう目線で
見ていれば素直に受け入れてみることができました。
恋多きジェニロペなのでベン・アフレックといつまで続くんだろうという気持も
当然感じながらの鑑賞となりましたが、ラテン移民2世としての葛藤、
トランプ政権に対しての不満とバイデン政権への期待、おそらく、ラテン移民の方々は
ジェニロペをラテンの代表(他にもラテン移民の有名人は沢山いますが)として、
この作品で勇気づけられる部分も多かったんだろうと思いつつ、
私自身は、50代でこのプロ意識、私もぐーたらしないで健康に気を付けるように
(もうちょっと運動するようにしないと)
という気持になった「ハーフタイム」でありました。