ぐるうつぼ(壱)~清澄庭園編②~ [ぐるうつぼ]
で、清澄庭園の続きです。
この清澄庭園は、現在は都立公園で、池の周りに築山や名石を配した回遊式林泉庭園。
(とwikipedia先生に書いてあった)
元々は、江戸時代に紀伊国屋文左衛門の屋敷だったと言われ、
その後、下総関宿藩主・久世氏の下屋敷となり、
明治11年(1878年)、三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が荒廃した邸地を買い取り
三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園を造成し、
明治13年、深川親睦園という名前で竣工。
その後、三菱社長を継いだ岩崎弥之助が庭園の泉水に隅田川の水を引き込み、
明治24年、回遊式林泉庭園として完成。
大正12年(1923年)関東大震災で大きな被害を受けたが近隣の避難場所として多くの人を救い、
翌年(大正13年)に三代目岩崎久弥が庭園の東半分を公園用地として東京都に寄贈。
昭和7年(1932年)清澄庭園として開園。
昭和48年(1973年)都が残る西半分も購入し、昭和52年追加開園したそうです。
ま、この記事を書くときにここまで調べたので、
散歩していたときには「紀伊国屋文左衛門の屋敷を岩崎弥太郎が買って庭園にした」という
あまりにも大雑把な知識のみで「あぁ、綺麗な庭園よねぇ」とぷらぷら歩いておりました。(^_^.)
毎度後手後手だな、と記事を書く度に思います。。。。(反省しても学習効果無し)
で、庭園散歩も半周を過ぎたあたりで、
仏様が並んでます
庚申塔とか法印威光供養塔とか
で、和んで歩いていたら
地震の影響のようですね
つつじが咲き始め
心が和むわねぇ
手を叩くと近づいてくる鯉
このあたりも地震で損壊したようです
涼亭
海外からの要人をもてなすために建てられた建物。
と、暑いものの、すっかり緑に和みながら
庭園を歩き
お花もきれいよね、とすっかり優しい気持ちに
とはいえ
鯉を見ると手を叩いてしまい先輩に叱られ。(^_^.)
てな感じでノンビリ歩くこと40分で庭園を後にしました。。。。
着々とゴールに近づいてきたところで、
オスモウさんを発見
ちょうど技量審査場所だったか両国でやっていた頃、
びんづけ油のニオイぷんぷんのお相さんは缶コーヒーを数本いれた袋を持って
タクシーで移動していきました。
両国まで大した距離じゃないんだから歩けよ。
さんざん歩いていた中年3人はそう思うのでした。。。
貴闘力が経営する焼肉店「ドラゴ」を観ながら
さらに前進します♪
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(つづく)