京都旅行記2021秋~鞍馬寺編②~ [日本の旅(京都)]
鞍馬寺の敷地内に入ったところで昨日の記事を終えてしまいましたが、
今日はちゃんとお参りします。
最初に、鞍馬寺について調べました。(記事を書く段になってから(笑))
(京阪のサイトから転記します)
鑑真(がんじん)和上の高弟・鑑禎(がんちょう)上人が770年に毘沙門天を本尊として
安置した鞍馬弘教の総本山。
境内の霊宝殿には国宝の毘沙門天像など、様々な寺宝が奉安展示される。
少年期の源義経(牛若丸)が天狗とともに修行した地と言われ、
本殿裏から奥の院への山道に牛若丸の遺跡がある。
牛若丸の遺跡には行っておりません。(本殿でお参りして満足して帰りました(笑))
この写真
ケーブルカーの駅(多宝塔の近く)から参道を歩きおわったあたりと
思われるのですが、自分がなぜこの写真を撮ったのか、2ヶ月以上経った今、
思い出せないでおります。(笑)
写真を撮った時点でちゃんと確認しておけばよいものを。(反省)
見晴らし良し
って、まだ上りがあります(´Д`) 手水?
と思ったのですが違うかもしれない。(もう覚えていない( 一一))
転法輪堂・洗心堂
から見えた景色 本殿金堂に到着
ここにも狛虎(阿、ですね)
ここでお参りしたら、帰りは歩いて(下り)帰ります。
翔雲臺
本殿前の庭をはさんだところにある翔雲臺(しょううんだい)。
中央に置かれた板石は本殿後方から出土したもので、
平安時代より鞍馬寺に伝えられた如法写経会の経巻を埋納された経塚の蓋石。
板石の下から発掘された経塚遺物二百余点が国定に指定されている、と
近くの説明板に書いてありました。
蓋がこんな大きな石って、どうやって運んだんだろう。(・・?
瑞風庭を通り
能舞台?を見ながら
気温が上がる中(この日は真夏日)
九十九折りを下ります
このスペース
大正13年(1924年)に鞍馬寺に行啓された貞明皇后さまが九十九参道を
徒歩でお登りになる途中でお休みになったところだそうです。
皇后さまが歩いて登っているのに、私はケーブルカーに乗っていまいました。
読んだ途端に自分のぐーたらさを反省。。。
と、膝かくかくしながら下りると
いのちの像
鞍馬山の本尊である尊天(大宇宙生命、宇宙エネルギー、宇宙の真理)を
具象化したものだそうで、像の下に広がる大海原は一切を平等に潤す慈愛の心、
光り輝く金属の環は曇りなき真智の光明、中央に屹立する山は全てを摂取する
大地の力強い活力を象徴していると書いてありましたが、
読まなかったら何の像なのか分からなかったかもしれません。(^-^;
義経公供養塔
牛若丸が住んでいた東光坊の跡に建てられた供養塔で、
この近くに牛若丸の本尊(地蔵尊)が祀られている川上地蔵堂もありました。
と、写真を撮っていると、お寺の保育園の園児さんたちが歌いながら参道を
上ってきました。保育士さんにお聞きしたら本殿まで登っていくとのこと。
皇后さまだけでなくこんな小さいお子さんたちまで歩いているというのに、
楽をしたいあまりケーブルカーに乗ってしまった己を反省しました。( 一一)
と、反省しながら、
由岐神社に到着
(こちらの京阪さんのサイトから転記しますと)
古くは皇室の守り神として京都御所内でまつられた神社。
境内には樹齢約800年のご神木「大杉さん」のほか、
子供を抱いている姿の狛犬があり、子授け・安産の神様として知られる。
今日はちゃんとお参りします。
最初に、鞍馬寺について調べました。(記事を書く段になってから(笑))
(京阪のサイトから転記します)
鑑真(がんじん)和上の高弟・鑑禎(がんちょう)上人が770年に毘沙門天を本尊として
安置した鞍馬弘教の総本山。
境内の霊宝殿には国宝の毘沙門天像など、様々な寺宝が奉安展示される。
少年期の源義経(牛若丸)が天狗とともに修行した地と言われ、
本殿裏から奥の院への山道に牛若丸の遺跡がある。
牛若丸の遺跡には行っておりません。(本殿でお参りして満足して帰りました(笑))
この写真
ケーブルカーの駅(多宝塔の近く)から参道を歩きおわったあたりと
思われるのですが、自分がなぜこの写真を撮ったのか、2ヶ月以上経った今、
思い出せないでおります。(笑)
写真を撮った時点でちゃんと確認しておけばよいものを。(反省)
見晴らし良し
って、まだ上りがあります(´Д`) 手水?
と思ったのですが違うかもしれない。(もう覚えていない( 一一))
転法輪堂・洗心堂
から見えた景色 本殿金堂に到着
ここにも狛虎(阿、ですね)
ここでお参りしたら、帰りは歩いて(下り)帰ります。
翔雲臺
本殿前の庭をはさんだところにある翔雲臺(しょううんだい)。
中央に置かれた板石は本殿後方から出土したもので、
平安時代より鞍馬寺に伝えられた如法写経会の経巻を埋納された経塚の蓋石。
板石の下から発掘された経塚遺物二百余点が国定に指定されている、と
近くの説明板に書いてありました。
蓋がこんな大きな石って、どうやって運んだんだろう。(・・?
瑞風庭を通り
能舞台?を見ながら
気温が上がる中(この日は真夏日)
九十九折りを下ります
このスペース
大正13年(1924年)に鞍馬寺に行啓された貞明皇后さまが九十九参道を
徒歩でお登りになる途中でお休みになったところだそうです。
皇后さまが歩いて登っているのに、私はケーブルカーに乗っていまいました。
読んだ途端に自分のぐーたらさを反省。。。
と、膝かくかくしながら下りると
いのちの像
鞍馬山の本尊である尊天(大宇宙生命、宇宙エネルギー、宇宙の真理)を
具象化したものだそうで、像の下に広がる大海原は一切を平等に潤す慈愛の心、
光り輝く金属の環は曇りなき真智の光明、中央に屹立する山は全てを摂取する
大地の力強い活力を象徴していると書いてありましたが、
読まなかったら何の像なのか分からなかったかもしれません。(^-^;
義経公供養塔
牛若丸が住んでいた東光坊の跡に建てられた供養塔で、
この近くに牛若丸の本尊(地蔵尊)が祀られている川上地蔵堂もありました。
と、写真を撮っていると、お寺の保育園の園児さんたちが歌いながら参道を
上ってきました。保育士さんにお聞きしたら本殿まで登っていくとのこと。
皇后さまだけでなくこんな小さいお子さんたちまで歩いているというのに、
楽をしたいあまりケーブルカーに乗ってしまった己を反省しました。( 一一)
と、反省しながら、
由岐神社に到着
(こちらの京阪さんのサイトから転記しますと)
古くは皇室の守り神として京都御所内でまつられた神社。
境内には樹齢約800年のご神木「大杉さん」のほか、
子供を抱いている姿の狛犬があり、子授け・安産の神様として知られる。
由岐神社の祭神「靫明神」が940年に天慶の乱が起きて鞍馬寺に遷宮し、
北方鎮護をおおせつかった鎮守社で、ケーブルカーの駅で観た写真、
鞍馬の火祭はその時に里人がかがり火を持って神霊を迎えたことが伝承された、
とお寺のホームページに説明がありました。
ここは犬(虎ではなく)
お祭りの様子
かなり勇壮な感じです
写真が展示されていました
2年連続で氏子さんたちや地元の方も残念だと思いますが、
来年は開催されますように、と手を合わせて神社を後にしました。
この後もうちょっと歩きました。
鞍馬天狗というフレーズのみ、という知識が全くない状態で訪れましたが、
次回来ることがあればケーブルカーを使わないで(園児たちに負けない)
ちゃんと歩いて本殿まで歩いていかないと、という気持でおります。(宿題)
この後は、修学院離宮の予約時間までその近辺の場所を訪れることとします。
(つづく)
鞍馬の火祭はその時に里人がかがり火を持って神霊を迎えたことが伝承された、
とお寺のホームページに説明がありました。
ここは犬(虎ではなく)
お祭りの様子
かなり勇壮な感じです
写真が展示されていました
2年連続で氏子さんたちや地元の方も残念だと思いますが、
来年は開催されますように、と手を合わせて神社を後にしました。
この後もうちょっと歩きました。
鞍馬天狗というフレーズのみ、という知識が全くない状態で訪れましたが、
次回来ることがあればケーブルカーを使わないで(園児たちに負けない)
ちゃんと歩いて本殿まで歩いていかないと、という気持でおります。(宿題)
この後は、修学院離宮の予約時間までその近辺の場所を訪れることとします。
(つづく)
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