父の詫び状④ [いろいろ②]
御通夜当日。
朝、のんびり母と起きて、スケジュールの確認をして午後。
兄一家が到着すると、それまでの静かな空気が一変。
化粧したかったのにダメって言われたとむっとしている姪(年頃の高校生)、
兄嫁のスマホでパズドラに夢中になっている甥(反抗期の中学生)、
なんだか慌ただしくしている兄。
その後、セレモニーホールに着くと、既に遠方の親戚はほとんど到着していて、
会いたくないと思っていた親戚にもニコニコとご挨拶。
そして、納棺式。
末期の水として、本日は焼酎と日本酒をご用意しておりますが、
生前はどちらがお好きだったのでしょうか?と訪ねる納棺士さんに、
「日本酒です!」
母、私、即答。(笑)
ということで、綿棒に日本酒を含ませて、父の唇にちょんちょんつけて。
そして、手足をぬるま湯につけたタオルで拭き拭き。
甥は、死んだジイチャンを観るのが嫌だったらしく、拭けなかったのですが、
私は左足と右手と額を拭きました。(もちろん別々のタオルでね)
生きていたときの父なんて、絶対触りたくなかったんですが、
(特に足なんて水虫だったりするし)
不思議と亡くなった後は、ちゃんと旅だってほしかったりするので拭けたりするんですよね。
と、皆で父を拭き清めた後、どなたか足袋を履かせてください、と納棺士さんが言うので、
ここで手を挙げた方がいいよね、って感じで、左足に足袋を履かせ、
「力のある男性のみなさんで棺に入れて差し上げてください」と言われて、
男性のみなさん、殆ど70代で心配だし、と私も手を挙げ、父を持ち上げて棺に入れ。
納棺式ってこういう儀式なんですね。
初めての経験ですが、こうやって亡くなった人を少しずつ送っていくのかな、
なんて思いました。
その後、到着した檀家のご住職にご挨拶してお布施を渡して。
そして御通夜。
思いの外たくさんのご近所さんが手を合わせてくださって驚きつつ、
私が歳くった分、近所のおじさんおばさんもジイサンバアサンになっていて、
時の流れを感じました。。。。
御通夜の御斎では、ご近所さんの一部と親戚の一部がまるで居酒屋状態になっていましたが、
父を偲ぶというより単なる呑み会みたいな雰囲気にちょっとがっかり。。。
そして翌日の告別式。
前日と異なり、とても参列者が少ない中、初七日法要まで済ませて出棺。
祭壇のお花を棺にみんなで納めるのですが、
涙もろいオバちゃんが泣いたのが引き金のように皆泣き始め。
それまで、好きでもないジイチャンの葬式でよろしくない態度だった姪が、
「オジイチャン、結婚式の姿をみせられなくてごめんね」
大きな声で言って泣いているのを観て親戚さらに泣き泣きで。
私はね、全然違う反応しちゃったんですよ。
「◎◎(姪)が見せる前に、私が結婚式の姿見せてないんだって」
思わず、そんな言葉が口をついて出たら。
親戚、爆笑していました。
珍事です。(笑)
そんなこんなでお花を入れ終わり、車に棺を乗せて火葬場へ。
火葬場で父が骨になる間、お清めの席で食事、、、だったのですが、
ここでも一部の親戚が昼から酒盛り状態になっていました。。
もうちょっと時と場を考えてくれてもいいのにね。(^_^.)
1時間ちょっとで、骨になった父を迎えに行くと、、、
まだ熱々で湯気モウモウの父の骨から立ち上るニオイが鼻にきて。
おそらく、一生忘れることのない焼けたニオイ。
そんなニオイを感じながら、箸わたしで骨を骨壺に入れて、
あとは職員の方にお願いしましたが、意外に骨がしっかりしていて、
ギュウギュウ押しながら骨をいれないと入らない状態。
最後に、好んで身に着けていたループタイとメガネを入れてもらって、
一緒に自宅に戻りました。。。。
その後、セレモニーホールの方が、喪主の札で飾った生花を持ってきてくれたので飾り、
位牌のご相談。
うちの祖父母、50回忌も終えていたのですが、先祖代々にまとめていいのって33回忌以降。
とっくにまとめてよかったのに、する必要もなかったからしなかったのですが、
今回父の位牌を作ると仏壇が混みあうので、祖父母の分は一つにまとめることにして。
何でも注文すれば対応してくれるセレモニーホールのきめ細やかさには感心。
ま、それだけ儲かるもんね。
セレモニーホールの方が帰った後、兄一家も帰ってくれたので(どこかホッとする私)
母と着替えて、当日も宿泊予定の親戚と居酒屋で夕食。
やっと母がリラックスする姿を観られて私も緊張が解けたのでした。。。。
(つづく)