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映画「原爆の子」を観る [映画(か行)]

今日も映画ネタです。(^_^)



 


先月(?)、新藤兼人監督作品が公開されているのをニュースで見たのですが、
それで思い出して借りたのが、

原爆の子 [DVD]

原爆の子 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • メディア: DVD



こちらの作品です。




作品の説明はamazonさんより。

原爆の洗礼をうけた広島の子供たちが綴った胸をうつ作文を基に新藤兼人が脚色。
チェコスロバキア第18回国際映画祭平和賞受賞。
近代映画協会の記念すべき第一回自主映画作品。






原爆で被災した子供達の文集を映画化したもの、とwikipediaに書いてありましたが、
(映画版の説明はこちら)→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%81%AE%E5%AD%90_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

アメリカの圧力で当時公開するのに苦労されたようで、
アメリカで初公開されたのは、なんと今年3月。NYでやっと上映されたそうです。




両親や家を原爆で失い、広島を離れ小さな島で小学校教員として働く孝子(乙羽信子)が
夏休みに広島に向かい、原爆投下前に働いていた幼稚園の園児たちの消息をたずねる、、、
という話です。(設定は原爆投下の7年後)


1945年8月6日、いつものように朝を迎えた孝子と家族、、それが8:15に一変します。
(原爆で酷い火傷を負った人たちが逃げ惑う様子や、
 原爆ドームや人の影がついた銀行の石階段などが映し出されます)


広島に着いてから、道端で物乞いを見かけた孝子は、
物乞いが父が経営していた会社の元従業員で岩吉だということに気づきます。
原爆で目が殆ど見えなくなった岩吉は物乞いで何とか生き延びていたのですが、
孝子に気づかれると逃げようとしますが、孝子は岩吉の家に連れていってもらいます。


岩吉一人でも生計を立てるのが大変な為(息子夫婦は亡くなったので)
孫は孤児収容所にいると聞いた孝子は孤児収容所に向かいます。


政府の資金と民間の支援でぎりぎり運営している収容所(6箇所あったそうで)の職員が
収容所に入っていない孤児も沢山いるし、収容所に入っている子供たちも親がいないことを
理解して割り切っている子もいれば、小さい子はまだ理解できていないと説明します。


孝子は、岩吉の孫・太郎を収容所から引き取って自分の住む町に連れていきたいと
岩吉さんも一緒に島へ、、岩吉に申し出ますが岩吉は断ります。 


その日、幼稚園で一緒に働いていた美和の家に泊めてもらう孝子に、
原爆で被曝しそれが原因で子供が生めないと医者に診断された美和は、
子供を生めない代わりに養子をもらうことにしたことを伝えます。
2年前に子供が生めないことが分かったときは悲観したけれど、今生きているだけで幸せ、
自分は運が悪かったという美和に孝子は心が痛みます。


翌日、生き残った園児3人に孝子が会いに行くと、

一人目の三平は、被曝した父親の容態が急変し亡くなってしまい、
二人目のとしこは、引き受けてもらった教会で暮らしていたが原爆症で余命わずかな状態。


再会できて嬉しい一方で、会えば会うほど原爆の影響を感じる孝子。

こんなものが二度と使われてはいけない、
孝子自身も原爆の爆風でガラス破片が腕に刺さったままの状態で、
触るとコリコリするけれどいつまでも残しておきたい、と改めて思います。


その翌日、訪れた3人目の(元)園児が、両親を原爆で亡くしたケイタ。
萬代橋から友達と川に飛び込んで泳ぐケイタに孝子が話しかけると再会を喜びながら
自宅に案内します。
自宅にケイタと孝子を迎えてくれたのは(原爆が原因で足を悪くした)姉・咲江(奈良岡朋子)。
そして、仕事から戻ってきた兄・孝司(宇野重吉)に、
今日は咲江の嫁入りなので一緒に祝ってほしいと言われ、孝子も夕飯を一緒にとることに。
咲江の嫁入りを見届けた孝子は、岩吉のところへ行き、孫の太郎を引き取りたいこと、
岩吉も一緒に島へ行こうと改めて申し出ます。

それでもかたくなに断る岩吉に、隣人のおとよ婆さん(北林谷栄)は太郎を預けるべきだと
説得し、岩吉も納得し、太郎に孝子と一緒に島へ渡るようにと言い含めます。
勿論、孫の太郎は爺ちゃんと離れるのは嫌だと言い張るわけで、岩吉は手紙を持たせて
孝子のところへ太郎を行かせ、その間に自分の家に火を放って命を絶とうとします。

おとよ婆さんがそれに気づいて助けだしますが、結局岩吉は亡くなってしまい、
孝子は太郎を連れて島へ。。


というところで映画は終わります。





乙羽信子演ずる孝子の言葉遣いが時々きれいな標準語っぽいのが気になりましたが、
(ほかの出演者は皆広島弁?だったので)
原爆が投下されてから7年でこのような映画が製作され公開されたということに驚きました。


原爆投下による影響が大きく残る広島で地元の子供たち出演で映画が作られたそうです。
無邪気に遊ぶ子供たちが映る景色がまだまだ復興しはじめたところで、
新藤監督が志強く日本が経験した事実を国内外に発信しようとしたのではないかと思いました。

作品自体はドキュメンタリーではなく、セミドキュメンタリー、か、ドラマなのかもしれませんが、
原爆投下がなければ、孝子は両親を失うことなく広島に住んでいただろうこと、
岩吉は目が見えることなくふつうに暮らし、子供や孫と暮らしていただろうこと、
美和も子供を生んでいた(かもしれない)こと、
この作品を見たら戦争は二度としてはいけない、と改めて思いました。

私自身は田舎に疎開した父、疎開先の田舎に住む母、という戦中派の親を持ち、
浅草に住んでいた大叔母に東京大空襲で隅田川に大量のどざえもんが浮かんでいた、、
なんて話を聞くことはあっても、自分はそれを想像することしかできないまま
大人になってしまった感ありなのですが、広島で被爆した祖父母、親戚を持つ方々、
また、それを体験、聞いた方にしてみたら超甘いのかもしれませんね。

高校の修学旅行で広島に行ったくせに記憶もいまいちなかったので、
昨年広島を再訪したのですが、なかなか訪問できない人には、まずこの映画を、
一人でも多くの人に見てほしいと思った映画「原爆の子」でありました。


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